旦那様、離婚の覚悟を決めました~堅物警視正は不器用な溺愛で全力阻止して離さない~
 名前を呼ばれると、それだけで心が揺れる。
 仮に今から離婚に辿り着けたとして、私が負う傷はきっと深いだろうし、その修復ももう間に合わないのではと感じてしまうほどだ。けれど。

 言葉を詰まらせた私から、和永さんは視線を逸らさなかった。

「もし俺が応じてたら」
「え?」
「どうするつもりだったんだ。別れた後」

 きゅ、と唇を噛み締める。

(どう、って……)

 踏み込んだ質問を初めて投げかけられ、息が詰まった。
 和永さんの声には抑揚がない。怒っている感じも悲しんでいる感じも特にしなくて、どう返したらいいのか迷ってしまう。
 息の詰まる沈黙の後、溜息に似た吐息が漏れた。結局は変に脚色せず、考えていることをそのまま伝えたほうがいいかも、と結論づけて口を開く。

「細かいことはまだ決めていません。ただ、実家には戻らないつもりです」

 アパートでも借りて自立できれば、と続けた自分の声は、自分自身の未来について話しているわりに、どこか他人事のようなニュアンスを宿していた。
 和永さんは『どうするつもりだったんだ』と過去形で尋ねてきた。けれど私は、あくまでも今後の予定として伝えた。そうでないと、自分が一体なんのために離婚なんて切り出したのか、見る間に揺らいでしまいそうだった。
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