旦那様、離婚の覚悟を決めました~堅物警視正は不器用な溺愛で全力阻止して離さない~
     *


 食事を終えてレストランを出た頃には、すっかり日が暮れていた。
 時刻は午後七時を過ぎている。夜に染まった街の地面からは、昼間に溜め込んだ熱気がじわりと立ち昇っている。湿った熱が肌にまとわりつくようだ。

 もうちょっと連れ回してもいいか、と訊かれて頷いた。
 彼の運転する車の助手席に乗り込んで十数分、その間も私はなかなか落ち着けなくて、そういう内心をせめて表に出さずに済むようにと意識するだけで精一杯だ。

 コースの料理はとても美味しかったけれど、少し残してしまった。
 今日は緊張に加えて、出かける前に考えていた悩みが尾を引いたのが原因だ。せっかく時間を作って誘ってくれたのに、と思ったら余計に申し訳なくなった。
 それにもうこんな機会はきっとない。板戸さんに零したときは冗談だと撤回したものの、最後の晩餐、という言葉はあながち冗談ではなかった。

『……〝板戸〟?』
『あ、ええと、休みを代わってくれた同僚の方です』

 車に揺られながら、食事中に交わした話をふと思い出した。
 うっかり板戸さんの名前を出してしまったとき、和永さんが少し驚いたように見えた。わざわざ踏み込んで尋ねていいものかためらった末に口を噤んだけれど、結局は顔に出てしまっていたらしく、『知り合いの名前と同じだっただけ』と教えてもらった。
 ありふれた名字というわけでもないのに珍しいなと思った。まさか本当に知り合いだったりして、とも。
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