ダイニングに洋書を飾る理由 - 厳しすぎる室長が、やたら甘い
第十二話 「ダイニングに洋書を飾る理由」
土曜の午後。
久しぶりに訪れた洋書店「ビブリオ」は、前と変わらず静かだった。
沙耶は“COOKING”のコーナーで足を止めた。
最初にここを訪れたとき、“キッチンに飾ったらおしゃれ”という目線で本を選ぼうとしていた。
けれど今日は違った。
目にとまったのは、温かみのある布張りのレシピ本。
『THE SIMPLE TABLE』――
ページをめくると、彩り豊かな野菜、ハーブ、パン、スープ。どれも、素朴で美しい写真が目に入る。
その中で、英語で綴られたレシピに、ふと心が引き寄せられた。
――これ、作ってみたい。
料理が得意というわけではない。
レシピを正確に訳せる自信もない。
でも、気になった。食べてみたいと思った。
沙耶は、本を手に取り、レジに並んだ。
スマホを取り出し、短くメッセージを送る。
《本、買いました。レシピ本。今度は飾るだけじゃなくて、何か作ってみようと思って》
会計を済ませて外に出ると、すぐに返信が届いた。
《じゃあ次は僕がごちそうになる番かな?楽しみに、しておくよ》
思わず、笑ってしまった。
次の週末、何を作ろうか――
レシピに迷う自分が、少し楽しそうだと思った。
◇◇
その夜。
都心のバーのカウンターで、ふたりのグラスが軽く触れた。
「……メール、見ましたよ。再来月リリースって、冗談ですよね?」
「冗談じゃないよ。“現実”だからね」
とぼけた顔で答える真鍋に、沙耶はため息をひとつ。
「また無茶な案件、よく通しましたね。開発部の人、絶対震えてますよ」
「そう? でも、ちゃんと購買が支えてくれるって信じてるから」
「その購買は、今まさに“現実”に追いつこうとしてますけど」
笑いながらグラスを傾ける。
やりとりの温度は、もう気遣いや遠慮の域を超えていた。
ふと、真鍋がグラスを持ち上げて言った。
「ありがとう。……じゃあ、君の瞳に乾杯」
「それ、古い映画のセリフですね。キザな冗談かしら」
「ばれたか。でも、半分本気だよ。君の美しい眼を見ながら飲めるウィスキーに感謝」
沙耶は一瞬、動きを止めて――それから笑った。
「鬼室長から、そんなセリフが聞けるなんて……うれしいです」
「君だけは、特別だから」
沈黙が、やわらかく流れる。
仕事は、きっとまた忙しくなる。
また、無理難題もやってくる。
それでも――
この人となら、大丈夫だと思えた。
<END>
久しぶりに訪れた洋書店「ビブリオ」は、前と変わらず静かだった。
沙耶は“COOKING”のコーナーで足を止めた。
最初にここを訪れたとき、“キッチンに飾ったらおしゃれ”という目線で本を選ぼうとしていた。
けれど今日は違った。
目にとまったのは、温かみのある布張りのレシピ本。
『THE SIMPLE TABLE』――
ページをめくると、彩り豊かな野菜、ハーブ、パン、スープ。どれも、素朴で美しい写真が目に入る。
その中で、英語で綴られたレシピに、ふと心が引き寄せられた。
――これ、作ってみたい。
料理が得意というわけではない。
レシピを正確に訳せる自信もない。
でも、気になった。食べてみたいと思った。
沙耶は、本を手に取り、レジに並んだ。
スマホを取り出し、短くメッセージを送る。
《本、買いました。レシピ本。今度は飾るだけじゃなくて、何か作ってみようと思って》
会計を済ませて外に出ると、すぐに返信が届いた。
《じゃあ次は僕がごちそうになる番かな?楽しみに、しておくよ》
思わず、笑ってしまった。
次の週末、何を作ろうか――
レシピに迷う自分が、少し楽しそうだと思った。
◇◇
その夜。
都心のバーのカウンターで、ふたりのグラスが軽く触れた。
「……メール、見ましたよ。再来月リリースって、冗談ですよね?」
「冗談じゃないよ。“現実”だからね」
とぼけた顔で答える真鍋に、沙耶はため息をひとつ。
「また無茶な案件、よく通しましたね。開発部の人、絶対震えてますよ」
「そう? でも、ちゃんと購買が支えてくれるって信じてるから」
「その購買は、今まさに“現実”に追いつこうとしてますけど」
笑いながらグラスを傾ける。
やりとりの温度は、もう気遣いや遠慮の域を超えていた。
ふと、真鍋がグラスを持ち上げて言った。
「ありがとう。……じゃあ、君の瞳に乾杯」
「それ、古い映画のセリフですね。キザな冗談かしら」
「ばれたか。でも、半分本気だよ。君の美しい眼を見ながら飲めるウィスキーに感謝」
沙耶は一瞬、動きを止めて――それから笑った。
「鬼室長から、そんなセリフが聞けるなんて……うれしいです」
「君だけは、特別だから」
沈黙が、やわらかく流れる。
仕事は、きっとまた忙しくなる。
また、無理難題もやってくる。
それでも――
この人となら、大丈夫だと思えた。
<END>


