次期ホテル王として戻ってきたイジワル幼馴染に溺愛されています
「ふふ、そう。そういうことなの……」

 拳をきつく握り、彼女がぷるぷると震えながら言う。
 私は何も言えなかった。
 少なくとも、言い訳はしたくなかった。何でもないと言い訳をしたら、彼との関係そのものを否定することになる。

「あなた、私たちの関係を壊している自覚ある……? 私は達成さんの婚約者なの。これ以上は言わなくても分かるわよね?」
「…………」
「達成さんも達成さんよ! 不誠実ではなくて?」
「不誠実も何も僕はあなたとの婚約を認めていません」

 そういい切った達成さんに、紫苑寺さんの顔が歪む。
 彼女は唇を噛みしめると、もういい! と言い捨てて去ってしまった。

「あの、追いかけなくていいんですか……?」
「彼女を追いかけてほしいんですか?」
「それは、嫌、です……」
「だったら、そういうことを言わないで。それに、僕は本当に認めてないんです。祖父が勝手に話を進めただけで……」
「グループ全体を統括している方ですか?」
「えぇ。でも、もう歳ですので、近々僕が引き継ぎますが。それはそうと、忘れていったスカーフです」
「ありがとうございます! すみません、忘れていってしまって……」
「いえ」

 彼からスカーフを受け取り、襟元でリボン結びにする。首元に適度な締め付けが戻ってきて、さっきまで落ち着かなかった襟元がやっと元に戻った。

「それじゃあ、私は持ち場に戻りますね」
「はい、お疲れ様です」

 名残惜しさに後ろ髪を引かれながら、私はロビーのコンシェルジュカウンターを開けるための準備をする。
 そうこうしているうちに早朝から入るスタッフが出勤してきて、いくつか連絡事項を引き継いだ。

 これで、長かった業務が終了だ。
 今度こそスカーフをロッカーの中にしまい、私服に着替えて従業員口から外へ出る。
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