次期ホテル王として戻ってきたイジワル幼馴染に溺愛されています
 私にもなんだかんだ、顔見知りのお客様がいる。ほとんどの場合、みんな文句や厄介な注文はせず、依頼もささやかなものだけれど、中には困ったお客様もいた。

 特に、言い寄ってくるお客様の場合、あしらいが困る。

「いい人なんだけどなぁ……」

 誰もいないエレベーターホールで、私は深くため息をついた。
 何度断っても連絡先を聞いてくる彼は、今日も一緒に食事をしないかと誘ってきた。

 どうも、アパレル会社の社長をしているらしく、ひとりで今の地位を築き上げたとか。歳もかなり若く、容姿もいいためか、モデルも自分でしているそうだ。
 名前を教えられて調べてみると、確かに彼の写真がネット上に出てくる。若い男性には人気のアパレルショップらしいが、私には馴染みのないブランドだった。

「今日はもう、このまま定時で帰りたい……」

 今夜は二十二時でシフトが終わる。下手にお客様に呼ばれて仕事が長引くと、帰るに帰れなくなるため、早く切り上げたかった。
 それに、今は紫苑寺さんのことも気になってしまう。
 今も達成さんと一緒に仕事をしているのかも……と思うと、胸がモヤモヤした。悲しみと苛立ち、焦りのようなものが胸に巣食う。
 鉛を直接飲まされたみたいな胸の痛みを感じて、私は思考を打ち消すように頭を振った。

「早く帰ろ……」

 そう心に決めたときだった。インカムから私を呼ぶ声がした。
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