キスしたら、彼の本音がうるさい。
キスの余韻が、まだ体の奥に残っていた。
触れ合った唇の温度。
彼の手のひらのぬくもり。

全部が、心臓の奥で静かに燃えている。

だけど、瑛翔はふいに小さく笑って、言った。

「……お腹、すいた」
「えっ……」

返す言葉が間に合わなくて、思わず笑ってしまった。
この空気が、嬉しかった。
特別じゃなくていい、こうやって笑い合える日常がいちばん好きだ。

「なにか、作ろっか?」
「……うん」

彼の部屋のキッチン。何度も立った場所。
でも今日は、いつもより広く感じた。

「冷蔵庫、勝手に開けていい?」
「うん。なんも入ってないけどな」
「ん……あ、卵あるじゃん。あと、ウィンナーと、キャベツ……」
「炒め物コースだね」
「うん。手際よくいくよ」

髪をひとつに結びながらエプロンを借りると、
瑛翔が横で包丁とまな板を差し出してくれる。

「キャベツは任せて。細切りが得意なの」
「じゃあ俺、卵溶いとく」

カチャカチャと器と箸の音。
ふたりだけの小さな台所に、あたたかな生活音が満ちていく。

「月菜、手、そんなに速かったっけ?」
「前は、見られると緊張してたから……今日は平気」
「へえ……じゃあ、今日は見てもいい?」
「もう見てるじゃん」
「うん。でも、もっとちゃんと見ていたい」

顔を上げたら、彼が笑っていた。

まっすぐで、まるで“好き”って言ってるみたいな目で。
顔が熱くなって、慌てて視線をフライパンに落とす。

「……あ、卵がちょっと焦げたかも」
「気のせいだよ。うまそう」
「フォローになってない!」

そんなやりとりが、なんだか嬉しくて、何度も笑ってしまう。
笑うたび、彼が“今を大事にしよう”としてくれてるのが伝わってきた。

簡単な炒め物と、焼いた卵。
ふたり並んで食べるだけで、何倍も美味しく感じた。

「前に食べたときより、味付け濃い?」
「うん。でも、今日のが好きかも」
「ほんと?」
「うん。……君がいると、何でも美味しい」

ふたりで作った、ありふれた夜ごはん。
でもそれが、思っていた以上に愛おしく感じた。

──隣にいるだけで、好きになる。

そんな夜だった。
< 42 / 69 >

この作品をシェア

pagetop