キスしたら、彼の本音がうるさい。
◇神谷瑛翔◇

……なんだったんだ、今日。

別に、何も特別なことはしてない。
いつも通り、最低限喋って、必要な反応だけして。
気楽な顔して座ってたはずなのに──

……あの子が、急にふらついた瞬間、気づいたら手が出てた。
反射だった。支えるつもりだった。

でも、あの距離、完全に……近すぎた。

顔、すぐそこにあって。
目の前で、頬が赤くて。

……いや、頬じゃなかった。たぶん──
唇、ぶつかった……

最初は気のせいだと思った。でも唇の端にお互い血が滲んでいた。
あの子の反応、あんな風に固まるなんて。
唇に触れた。確実に、キス……してた。

……何してんだ、俺。
最悪すぎる。謝るタイミングも逃した。
ていうか、あんな場所で、どうやって謝れってんだ。

……最低だな、俺。
キスは事故だとしても、あの腕や、抱きしめた体の柔らかさとか、香りとか…忘れられないとか、ありえない。

でも、しょうがないだろ。
あの距離、あの匂い、あの瞳。

どこまでが偶然で、どこからが……意識してたんだろう。

名前、なんだっけ。

浅見──月菜。

……たぶん、もう一生、忘れられない。


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