二人で恋を始めませんか?
数日経った頃、「茉莉花、もうすぐ誕生日だね」という声が聞こえてきて、優樹は顔を上げる。

(いぬい)沙和が、隣の席の茉莉花に話しかけていた。

「優くんと水族館に行くんだっけ? いいねー!」
「あ……、うん」

茉莉花は戸惑ったように小さく頷く。

「私からもお祝いさせてね。プレゼント、なにがいい? ジャスミンの大きな花束?」
「もう、沙和ちゃんたら」
「ごめん、冗談よ。ジャスミンの香りの入浴剤とか、アロマオイルは?」
「わあ、うん! 嬉しい」
「よし、決まりね。いいの探しておくから」
「ありがとう、沙和ちゃん」

ようやく笑顔になり、茉莉花は明るい声を上げる。

(ふうん、誕生日に恋人と水族館でデートか。その割りにはなんだか浮かない表情だったけど。照れてるだけか?)

そう思っていると、小澤が近づいていき「清水」と声をかけた。

「はい!」

背筋を伸ばして返事をした茉莉花は、頬をピンクに染めている。

(ん? なんだ?)

時折ちらりと上目遣いに小澤を見ながら話を聞いている茉莉花を見ているうちに、自分までドキドキしてきた。

(なんだこれ? 片思いの相手に話しかけられた、みたいな緊張感が伝わってくる)

心なしか目を潤ませている茉莉花に、「じゃ、頼んだぞ」と言って小澤が立ち去る。

再びデスクの正面に身体を戻した茉莉花は、小澤から手渡された資料を胸に当てて深呼吸していた。
つられて思わず優樹も深呼吸する。

(うっ、なんか胸が……)

キュッと締めつけられる胸元に手をやっていると、デスクに戻ってきた小澤が顔を覗き込んできた。

「どうした? 優樹。不整脈か?」
「いや、違う」
「いつまでも若いと思うなよ? 三十路なんだから、健康には気をつけなきゃ」
「いや、どちらかと言うと思春期の症状」
「はっ!? お前、そんな冗談言うタイプだったっけ?」

ははっ!と小澤は楽しそうに笑う。

「そうだ、思い出した。部のメンバーでお前の歓迎会をすることになってな。今週の金曜の夜、空いてるか?」
「え? ああ、何も予定はない」
「じゃあ決まりだ。主役なんだから、必ず来いよ」
「分かった」

そして金曜日。
定時になると、部署の皆で揃って居酒屋に向かった。
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