鉄の女社長は離婚したいのに人たらし御曹司に溺愛される
惹かれ始めている胸の内は明かさず、「俺も飲みたい」と言ってごまかした。

「そ、そう。グラスをふたつ出すわ」

「絢乃さん、夕食は済ませた?」

「コーヒーとクッキーを二枚」

「体を壊すよ。なにか作ろう。冷たいうどんはどう?」

「遅い時間なのにごめんなさいね。作り方、教えてもらえる?」

「もちろん」

絢乃との心の距離を測りながら、夫婦関係を深めていきたい。

(焦らず、少しずつ)

失いたくないからこそ、慎重になっていた。



翌日、通常通りに業務を終わらせた昴は十八時半に退社した。

電車に乗り、和志に指定された駅で下車する。

和志の方が先に着いていたようで、改札を出るとすぐに声をかけられた。

「悪いな、平日なのに付き合わせて」

「へぇ、和志でも気を使えるようになったのか」

「少しはな。妻への配慮が足りていなかったと学んだばかりだ」

夕暮れに染まる空の下、スーツ姿のふたりは駅前の通りを並んで歩く。

賑やかな若者の集団とすれ違った。

仕事帰りの大人より学生らしき服装の若者が多く見られるのは、近くに大学があるからだろう。

「和志の出身大学、このあたりだったか?」

「ああ。大学生の頃から通ってるバーがあって、今日はそこに行こうと思ってる」

職場や自宅の最寄りではない駅での待ち合わせを不思議に思ったが、そういう理由らしい。

「行きつけの方が落ち着いて話せるからか」

「それもあるけど、美沙にそこなら飲みに行ってもいいと言われて」

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