鉄の女社長は離婚したいのに人たらし御曹司に溺愛される
入口には飲食店の名前がずらりと掲げられ、ライトアップされていた。

なにげなく見ていると、一軒のバーの名前で目が留まった。

(あの店、お兄ちゃんから名前を聞いたことがあるわ)

和志が大学時代から通っていて、マスターとも懇意にしているそうだ。

(いる? いないわよね)

そう都合よく会えるものではないと思うのに、もしかしたらという期待を捨てきれない。

(まだ仕事があるけど、急ぎの案件ではないわ。確かめるだけなら……)

運転している社員に声をかける。

「ここで降ろしてもらえるかしら」

「えっ、社長はどちらに?」

「近くに知り合いがいるの。挨拶してから帰社するわ。あなたたちは先に戻っていて。おつかれさま」

「おつかれさまでした……」

戸惑っているような社員たちを残して急いで降車すると、信号が青に変わって社用車が走り去った。

ショルダーバッグの肩紐を握る手に力を込める。

ビルの地下一階へ、パンプスの靴音を響かせて階段を下りた。

すぐ手前の黒いドアが目当てのバーで、開けないと中は覗けない。

大勢の笑い声がもれ聞こえているが急に静かになり、かと思ったらまたワッと賑やかになる。

きっと近くの大学生たちが飲みにきているのだろう。

(いないのを確かめるだけよ)

がっかりしないように心に予防線を張り、ドアノブを引いた。

「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」

マスターらしき黒いベストを着た中年男性がカウンターの内側から声をかけてくれた。

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