鉄の女社長は離婚したいのに人たらし御曹司に溺愛される
マスターに謝罪して、昴には口元だけの笑みを向けた。

「近いうちに結婚そのものについて話し合いましょう」

彼とのふたり暮らしが楽しくて、最近は離婚の二文字を忘れそうになっていた。

それを思い出すと心が冷える。

「失礼するわ」

店を出て歩き出すとすぐに昴が追ってきた。

「絢乃さん!」

腕を掴まれて足を止められ、向かい合う。

焦り顔の彼の両手が肩にかかった。

昨夜、抱きしめるように肩に触れられたのを思い出したが、あの時のように胸は高鳴らない。

溜息をついて彼の手を払い落とし、笑みを強めた。

「話し合いは今じゃなくていいのよ。ゆっくり飲んできて」

「いや、君と自宅で話したい」

「社に戻らないといけないのよ。遅くなるかもしれないわ」

「何時まででも待っている」

「そう。どうぞお好きに」

(言い訳しても無駄なのに)

信頼をなくした彼の言葉は、今までのように胸に響かないだろう。

爪先を階段へと向ける。

パンプスの音を冷たく響かせ、ひとり夜の喧騒の中へと出て行った。

社に戻り、期限が随分先の仕事まで片づけると時刻は間もなく零時。

机上には自動販売機で買ったカップのコーヒーが四つ、空の状態で置かれている。

(帰りたくない)

ここに泊まりたい気分だが、着替えとシャワーは必要だ。

明日は土曜だが出社予定なので睡眠も取りたい。

帰宅しなければならないのはわかっているが、昴が待っているかと思うと気が重かった。

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