鉄の女社長は離婚したいのに人たらし御曹司に溺愛される
本当はコーヒーしか飲んでいないが、嘘をついた。

食べていないと言ったら、絢乃のために料理されそうだからだ。

(気遣われても、今日は嬉しくないわ)

シャワーも着替えも後回しでいい。

寝ずに待たれていたのなら、さっさと終わらせたい。

「お待たせしてごめんなさいね。手短に話しましょう」

先立ってリビングに入り、ふたり掛けのソファの真ん中に座った。

隣に座られないようにするためだ。

小さく嘆息した昴は四人掛けの端に浅く座り、膝の上で手を組んだ。

「まずはあなたの話を聞くわ。私の従兄と中学高校が同じなのは知ってるから、その説明は不要よ」

どんな言い訳をされてもふたりが陰で、絢乃の話題で楽しんでいた事実は変わらない。

鉄仮面どころか心にまで鉄の鎧を着せていたのに、昴がまったく関係ない話を始める。

「絢乃さんが五歳の夏、那須の別荘に滞在したのを覚えてる?」

(突然なに?)

ごまかす気かと厳しい視線を向けたのに昴は動じず、落ち着いた口調で語りだした――。

昴が十一歳の夏、那須連山の緑は濃く、連休初日の夏空はよく晴れていた。

ここは山麓地帯にある別荘地で、昴は今日から三泊四日で父親が所有する別荘に滞在する。

大きな建物には広いリビングダイニングと主寝室、子供部屋の他にゲストルームが八つもあった。

温泉を引いた露天風呂もあり、バーベキュー設備にピザ窯、テニスコートと屋外プールも備わっている。

両親と昴だけではなく、クラスメイトの男子ふたりを連れてきていた。

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