鉄の女社長は離婚したいのに人たらし御曹司に溺愛される
エレベーターホールの壁際に布張りのベンチシートがあったので、急いでそこに座らせた。

「具合が悪いの? 病院に行きましょう」

絢乃が心配すると、彼が無理をして笑みを作った。

「ご心配をおかけして申し訳ございません。そこまでではありませんので、部屋で休めば治ります」

彼の上司の社員が言う。

「緊張と時差のせいでしょう。彼にとっては初めての海外出張ですので」

絢乃も初めての時はずっと気を張っていた。

ホテルの部屋でひとりになった途端に急に緊張の糸が切れて疲れが押し寄せ、ベッドに倒れ込んだのを覚えている。

彼の英語力は流暢と言えるほどではなかったので、会話するだけでも大変だっただろう。

「私が様子を見ますので、社長はどうぞ先にお休みください」

心配なので部屋に入るまで見届けたい気もするが、鉄の女社長と一緒だと余計に彼に無理をさせてしまいそうだ。

それで社員たちに任せて、先に部屋に戻ることにした。

「朝になっても体調が悪ければ、ホテルで休んでいていいわ。なにかあれば夜間でもすぐ知らせてね」

「あ、ありがとございます……」

顔色の悪い社員が戸惑っていた。

絢乃なら体調不良でも働けと言うとでも思っていたのだろうか。

(そこまで鬼じゃないわよ)

自ら作り上げたイメージに心の中で苦笑してエレベーターに乗り込む。

ゆっくりとドアが閉まる瞬間に、油断した社員の声が聞こえた。

「厳しさしかないと思ってたんですけど、社長は優しいですね」

(優しい?)

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