鉄の女社長は離婚したいのに人たらし御曹司に溺愛される
「す、昴さん。人前でこういうのは……」

驚いて熱い頬を押さえると、耳元で甘く囁かれる。

「この国では、パートナーとのキスは挨拶だよ。問題ない」

「私は日本人よ」

短い廊下を進みながら横目で軽く睨んだが、クスッと笑われてしまった。

エレベーターのホールボタンを押しながら彼が言う。

「わかったよ。人前ではもうしない。俺の部屋に行ってからにしよう」

「えっ」

蠱惑的な笑みを向けられて、心臓が大きく波打った。

「会いたかったんだろ? 俺も同じだ。夜景を見ながら乾杯しないとな。そのあとは帰せないと思うけど、いい?」

エレベーターの扉が開いた。

ラウンジに来たふたり組の客と入れ替わりに乗り込むと、彼が三階下のボタンを押した。

部屋に誘われているのは間違いないようだ。

「ええ」

自覚したばかりの恋心に背中を押されるようにして返事をすると、意外そうな顔をされた。

「いいのか?」

「あっ……冗談よ。着替えがないから自分のホテルに帰るわ」

恥ずかしさで彼の顔を見られない。

一階のボタンを押そうとしたが、その手を握られて阻止された。

「フロントに頼めば一夜でクリーニングしてくれる」

「で、でもやっぱり今夜は――」

「君ともあろう人が簡単に意見を変えるのか? 違うよな」

(帰す気がないのね。それならいいのかと聞かないで)

心の中で不満を言いつつも、鼓動は正直に期待と緊張で高まった。

もちろん恥ずかしさは今から振り切れんばかりだ。

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