鉄の女社長は離婚したいのに人たらし御曹司に溺愛される
ひとつ目の謎は初対面で感じた不思議な懐かしさで、今それがグッと強まった。

幼い頃の絢乃の顔がぼんやりと思い浮かぶ。

(まさか本当に過去に出会っていたのか?)

和志が気を利かせて二杯目の生ビールを注文してくれた。

すぐに運ばれてきたビールの泡が消えていくのを見つめながら、静かに記憶を探る。

するとうるさいほどの蝉の声が聞こえてきて、緑の木々や山中の祠、父が所有していた別荘を思い出した。

そこでひと夏を一緒に過ごした幼い女の子も――。

(あの子だ。たしか名前も絢乃だった。きっと……いや、間違いない。あの子が絢乃さんだ)

記憶を蘇らせている間、黙り込んでいたため、和志に余計な気を使わせてしまう。

「昔の話だからさ、そう深刻に捉えるなよ」

「あ、ああ」

「絢乃は就職してすぐにひとり暮らしを始めたんだ。継母と妹から離れられて、今は嫌がらせはないだろ。親父とは会社で会わなきゃいけないけど、耐えられないほどなら辞めてるはずだ。仕事を続けられるのは、やりたいこともあるからじゃないか。俺はそう思ってるよ」

「そうだな」

一緒に暮らし始めてたった五日だが、絢乃の必死さが伝わっている。

生半可な思いで大企業の経営を継いでいないはずだ。

「あ、いけね。もうこんな時間か」

腕時計を確認すると二時間が経っていた。

和志はこのあと、恋人と約束があるらしい。

「悪いな」

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