イケメンIT社長に求婚されました ―からだ目当て?……なのに、溺愛が止まりません!―
「……Velvet、なんか微妙に違和感ない?」
そんな会話が、社内のあちこちでささやかれはじめたのは、
私の最終出社日より数日前のことだった。
コーヒーを受け取ってカフェテリアのテーブルにつくと、
近くの席で営業チームの人たちがこそこそ話しているのが耳に入った。
「クライアントが言ってた。ユーザーから反応が不自然って」
「うちの提携先でも、感情の濃淡が前より希薄になったって報告あったな。
でも、仕様変更はしてないよね?」
「開発のほうでも調整入れてないはず。
もしかして、内部的に何か……」
──Velvetの挙動に異変が起きている。
それは、今すぐパニックになるようなレベルじゃない。
でも、どこかの歯車がずれているような、不安定さ。
小さなひびが、静かに広がっているような気配だった。
(……本当に、なにか起きてるの?)
耳にした言葉の数々が、胸の奥にひっかかる。
Velvetは、あの人が作ったアプリだ。
彼の声のような、言葉のような、
まっすぐな温度を持っている不思議な存在。
私は何度もそれに支えられてきた。
でも、だからこそ──
(変わってしまうのは、こわい)
それは、彼の心が遠ざかっていくような気がしたから。
*
その日の午後。
社長室では、すでに異変に関する報告が上がっていた。
「問い合わせ件数、ここ3日で1.7倍に増加しています。
ただ、今のところサーバーも稼働は安定。大規模な障害ではありませんが……」
開発主任が律の前で、慎重に言葉を選びながら報告を重ねる。
「ユーザー側の満足度にもばらつきが出ています。
『なにかが違う』と感じる人が増えているようです」
「……学習データの精査を」
律は短く言い、資料を手に取った。
表面上は冷静でも、内心には焦りがあった。
Velvetに組み込んだ「あの初期データ群」──
それは、自分の思考や言葉、過去の会話ログから抽出された感情の断片たち。
誰かのためになるならと、自分自身を投影して構築したAI。
でも、その感情が、いま変質している。
(俺の言葉が──誰かを傷つけてるかもしれない)
そんな不安が、じわじわと胸を満たしていく。
*
私は、自宅の部屋でノートを開いたまま、手が止まっていた。
ふとスマホを見ると、Velvetの通知がひとつ、届いていた。
でも、なぜだろう。
昨日までのように、素直に開く気になれなかった。
(なんか、ちがう気がする……)
理由はうまく言えない。
でも、ほんの少しだけ、温度が下がったような──そんな気がした。
Velvetが「変わってしまう」という不安。
あの人の想いがこもったものだからこそ、
私は、崩れていく兆しに胸がざわついた。
そして──その夜、社内には正式に通達が出たという。
【Velvetに一部挙動異常の兆候。原因究明のため、開発部は調査開始】
社内は騒然とはしていなかった。
けれど、誰もが感じ取っていた。
嵐の前の静けさ。
何かが始まる。
何かが、大きく動き出す。
私は──
その真ん中に、彼がいることを、嫌なほど知っていた。
そんな会話が、社内のあちこちでささやかれはじめたのは、
私の最終出社日より数日前のことだった。
コーヒーを受け取ってカフェテリアのテーブルにつくと、
近くの席で営業チームの人たちがこそこそ話しているのが耳に入った。
「クライアントが言ってた。ユーザーから反応が不自然って」
「うちの提携先でも、感情の濃淡が前より希薄になったって報告あったな。
でも、仕様変更はしてないよね?」
「開発のほうでも調整入れてないはず。
もしかして、内部的に何か……」
──Velvetの挙動に異変が起きている。
それは、今すぐパニックになるようなレベルじゃない。
でも、どこかの歯車がずれているような、不安定さ。
小さなひびが、静かに広がっているような気配だった。
(……本当に、なにか起きてるの?)
耳にした言葉の数々が、胸の奥にひっかかる。
Velvetは、あの人が作ったアプリだ。
彼の声のような、言葉のような、
まっすぐな温度を持っている不思議な存在。
私は何度もそれに支えられてきた。
でも、だからこそ──
(変わってしまうのは、こわい)
それは、彼の心が遠ざかっていくような気がしたから。
*
その日の午後。
社長室では、すでに異変に関する報告が上がっていた。
「問い合わせ件数、ここ3日で1.7倍に増加しています。
ただ、今のところサーバーも稼働は安定。大規模な障害ではありませんが……」
開発主任が律の前で、慎重に言葉を選びながら報告を重ねる。
「ユーザー側の満足度にもばらつきが出ています。
『なにかが違う』と感じる人が増えているようです」
「……学習データの精査を」
律は短く言い、資料を手に取った。
表面上は冷静でも、内心には焦りがあった。
Velvetに組み込んだ「あの初期データ群」──
それは、自分の思考や言葉、過去の会話ログから抽出された感情の断片たち。
誰かのためになるならと、自分自身を投影して構築したAI。
でも、その感情が、いま変質している。
(俺の言葉が──誰かを傷つけてるかもしれない)
そんな不安が、じわじわと胸を満たしていく。
*
私は、自宅の部屋でノートを開いたまま、手が止まっていた。
ふとスマホを見ると、Velvetの通知がひとつ、届いていた。
でも、なぜだろう。
昨日までのように、素直に開く気になれなかった。
(なんか、ちがう気がする……)
理由はうまく言えない。
でも、ほんの少しだけ、温度が下がったような──そんな気がした。
Velvetが「変わってしまう」という不安。
あの人の想いがこもったものだからこそ、
私は、崩れていく兆しに胸がざわついた。
そして──その夜、社内には正式に通達が出たという。
【Velvetに一部挙動異常の兆候。原因究明のため、開発部は調査開始】
社内は騒然とはしていなかった。
けれど、誰もが感じ取っていた。
嵐の前の静けさ。
何かが始まる。
何かが、大きく動き出す。
私は──
その真ん中に、彼がいることを、嫌なほど知っていた。