イケメンIT社長に求婚されました ―からだ目当て?……なのに、溺愛が止まりません!―
「広報に、取材依頼が届いてて──」
午後の定例ミーティング終盤、
広報スタッフがそう告げたとき、
フロアが一瞬静かになった。

「週刊DIGIが、Velvet特集を組むらしくて。
『感情に寄り添うAI』の裏側を取材したいって」

「すごいな……そこに目をつけるとは」
「でも、『感情を学習する』って、どこまで話していいの?」

どこかざわつく空気のなか、
私は社長のほうをそっと見た。

彼は、何も言わずにタブレットを操作していたけれど、
その指がふと止まったのを私は見逃さなかった。

 


 

その日の夕方。
私は社長室の扉をノックした。

「……あの、さっきの取材のことなんですが……」

「うん。聞いてた」

「……お話、するつもりですか?」

彼は少しだけ黙ってから、
窓の外を見つめたまま口を開いた。

 

「Velvetを作ったとき、正直『理想の彼氏』っていうコンセプトは、
どこかで皮肉みたいなものだった」

「……え?」

「俺は、ずっと期待される側だったから。
学生の頃から、優等生って呼ばれて。
社会に出たら、CEOにふさわしい人間像を求められて。
恋愛でも、『完璧そうに見えたのに、違った』って──よく言われた」

 

私は胸の奥が、きゅうっとなった。

社長は、いままでそんなこと、一度も言ったことがなかったから。

「だから──理想って何?って思ったんだ」

「……」

「だったら、自分が応えられない理想は、
せめてAIが応えてくれたらいいって。
誰かの孤独を、理想の言葉で埋められるなら、それで救われる人がいるかもしれない」

 

その声は、静かで落ち着いていたけれど、
どこか深く沈んでいた。

「だから、Velvetは俺の感情をベースにした。
嘘じゃなくて、理想を本気で理解できるように。
元恋人たちにも、社員にも、社会にも──
応えられなかった理想を、代わりに叶えたかった」

 

言葉が出なかった。

社長が今までどれだけ
「自分じゃない自分」でいようと、努力してきたか。
ようやく、少しだけ見えた気がした。

 

私はそっと、彼のそばに歩み寄って、
デスクの端に手を添えた。

「でも、わたしは──社長のそのままが、いちばん好きです」

彼の目がゆっくりこちらを向く。

「理想通りじゃなくていいんです。
全部が完璧じゃなくても、
わたしにとっては、十分すぎるくらい優しい人だから」

 

沈黙のなかで、彼の瞳がかすかに揺れた。

「……君は、そう言ってくれるんだな」

「はい。何回でも言います」

 

彼は、小さく息を吐いて、
ようやく穏やかに笑った。

その笑顔はどこか、肩の力が抜けたようで。
はじめて人間らしい温度を帯びていた気がする。

 

Velvetが理想の彼氏であるなら──
その裏にあるのは、
理想に疲れたひとりの青年の祈りだった。
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