イケメンIT社長に求婚されました ―からだ目当て?……なのに、溺愛が止まりません!―
第10話 あなたが遠くなる
「アメリカ支社の話が、正式に動き始めた」
ある日、社内でそんな声がささやかれはじめた。
Velvetの急成長とともに、Corvenは海外展開へと舵を切る。
その旗振り役──当然、社長。
それはつまり、彼がこの東京のオフィスから離れる可能性がある、ということだった。
「しばらくは、向こうに常駐するかもしれない」
会議室でそう語った社長の声は落ち着いていたけれど、
どこか私たちの距離までも含めて淡々と受け入れているように感じてしまった。
夜。私は社内カフェの窓際で、海の見える景色をぼんやり眺めていた。
隣には、社長がいた。
いつも通り、カップを傾ける仕草も、口数の少なさも変わらない。
だけど──胸の奥は、波立っていた。
(私なんかじゃ、やっぱり釣り合わないのかな)
ふたりで笑い合える時間も、
肩を並べて歩く距離も、
全部、少しずつ遠くなっていく気がした。
「……不安か?」
不意に社長が問いかけてきた。
「えっ……」
「俺がアメリカに行くこと。距離ができること」
「少し、だけ」
正直だった。ごまかせる気がしなかった。
「でも、それ以上に思ったんです。
社長が、世界に認められるのって、すごいなって。……尊敬します」
その声に、嘘はなかった。
たとえ不安でも、誇りに思ってることは、隠したくなかった。
社長はしばらく黙ってから、ぽつりとつぶやいた。
「君がいてくれるなら、どこにいても、俺は頑張れる」
その言葉が、胸の奥にまっすぐに届いた。
それなのに──
なぜか少しだけ、泣きそうになった。
夜。
自分の部屋のベッドの上、電気もつけずにスマホの明かりだけが天井を照らしていた。
会話のあと、何度も読み返したメッセージ。
何度読んでも、やさしくて、まっすぐで、まるで私のすべてを包んでくれるような言葉たち。
──なのに、心の奥に広がるのは、安堵ではなく、不安だった。
(……本当に、大丈夫かな)
(あの人は、どんどん遠くに行ってしまうかもしれない)
眩しすぎるほど完璧な人。
誰からも必要とされて、世界に名を知られ、次々に新しい場所へ進んでいく人。
その隣にいるには、私はあまりにも頼りなくて──
「……私なんか」
気づけば、またその言葉が口から漏れていた。
消したはずの言葉。捨てたはずの、過去の自分。
だけど夜は残酷だった。
暗がりに、ひとり取り残されると、あの頃の影が背中から忍び寄ってくる。
涙が頬をつたった。
声を出したくなかった。
だから、枕に顔を埋めた。
唇を噛んで、喉の奥で泣き声を押し殺した。
(泣いたら、だめ)
(信じるって決めたのに)
でも、信じるって──こんなに難しいことだったっけ。
「遠くにいる」という現実が、
こんなにも私の心を揺さぶるなんて。
そばにいる時間が減っても。
画面越しになっても。
私は、私の場所から、
ちゃんとあなたに届く人になりたい。
強くなりたい。
ちゃんと笑って、「いってらっしゃい」って言える人でいたい。
でも──今日は、ほんの少しだけ。
涙が止まらなかった。
ある日、社内でそんな声がささやかれはじめた。
Velvetの急成長とともに、Corvenは海外展開へと舵を切る。
その旗振り役──当然、社長。
それはつまり、彼がこの東京のオフィスから離れる可能性がある、ということだった。
「しばらくは、向こうに常駐するかもしれない」
会議室でそう語った社長の声は落ち着いていたけれど、
どこか私たちの距離までも含めて淡々と受け入れているように感じてしまった。
夜。私は社内カフェの窓際で、海の見える景色をぼんやり眺めていた。
隣には、社長がいた。
いつも通り、カップを傾ける仕草も、口数の少なさも変わらない。
だけど──胸の奥は、波立っていた。
(私なんかじゃ、やっぱり釣り合わないのかな)
ふたりで笑い合える時間も、
肩を並べて歩く距離も、
全部、少しずつ遠くなっていく気がした。
「……不安か?」
不意に社長が問いかけてきた。
「えっ……」
「俺がアメリカに行くこと。距離ができること」
「少し、だけ」
正直だった。ごまかせる気がしなかった。
「でも、それ以上に思ったんです。
社長が、世界に認められるのって、すごいなって。……尊敬します」
その声に、嘘はなかった。
たとえ不安でも、誇りに思ってることは、隠したくなかった。
社長はしばらく黙ってから、ぽつりとつぶやいた。
「君がいてくれるなら、どこにいても、俺は頑張れる」
その言葉が、胸の奥にまっすぐに届いた。
それなのに──
なぜか少しだけ、泣きそうになった。
夜。
自分の部屋のベッドの上、電気もつけずにスマホの明かりだけが天井を照らしていた。
会話のあと、何度も読み返したメッセージ。
何度読んでも、やさしくて、まっすぐで、まるで私のすべてを包んでくれるような言葉たち。
──なのに、心の奥に広がるのは、安堵ではなく、不安だった。
(……本当に、大丈夫かな)
(あの人は、どんどん遠くに行ってしまうかもしれない)
眩しすぎるほど完璧な人。
誰からも必要とされて、世界に名を知られ、次々に新しい場所へ進んでいく人。
その隣にいるには、私はあまりにも頼りなくて──
「……私なんか」
気づけば、またその言葉が口から漏れていた。
消したはずの言葉。捨てたはずの、過去の自分。
だけど夜は残酷だった。
暗がりに、ひとり取り残されると、あの頃の影が背中から忍び寄ってくる。
涙が頬をつたった。
声を出したくなかった。
だから、枕に顔を埋めた。
唇を噛んで、喉の奥で泣き声を押し殺した。
(泣いたら、だめ)
(信じるって決めたのに)
でも、信じるって──こんなに難しいことだったっけ。
「遠くにいる」という現実が、
こんなにも私の心を揺さぶるなんて。
そばにいる時間が減っても。
画面越しになっても。
私は、私の場所から、
ちゃんとあなたに届く人になりたい。
強くなりたい。
ちゃんと笑って、「いってらっしゃい」って言える人でいたい。
でも──今日は、ほんの少しだけ。
涙が止まらなかった。