イケメンIT社長に求婚されました ―からだ目当て?……なのに、溺愛が止まりません!―
テレビに映る彼は、どこまでも遠く見えた。

画面の向こう、明るいスタジオの照明に包まれている社長は、いつものように落ち着いていて、知的で、完璧だった。

スーツの襟元には一点の乱れもなく、ネクタイの色さえ洗練されていて。


その佇まいだけで、「あの人は遠い世界の人なんだ」と思わせる威圧感があった。

「本日は、話題の感情学習型AI『Velvet』を手がけた企業、
Corvenの代表取締役・葉山律さんにお越しいただきました!」

司会者が明るい声で紹介すると、
社長は穏やかな笑顔で会釈し、
「よろしくお願いします」と静かに応じた。

私は、ソファに深く沈み込んだまま、
リモコンを両手で強く握りしめていた。

胸が、ずっとざわざわしていた。

 

番組ではVelvetの仕組みや構想、
これまでの歩みについて丁寧に紹介されていった。

そのすべてを、社長は穏やかに、でも確信を持って語っていた。

「『理想の彼氏』というコンセプトは、ある意味で、僕自身が理想に応えられなかった経験から生まれました」

──その一言に、心が一瞬だけあたたかくなった。

彼の弱さや傷を、
世間の真ん中でこうしてさらけ出せる強さ。

だから私は、あの人を尊敬している。

──けれど。

「そして現在、アメリカ支社も本格始動されていますよね」
「はい。現地には、立ち上げから協力してくれている副社長の
エリザベス・ウィンザーがいます。学生時代からの友人で、非常に優秀な人です」

その言葉とともに、
番組に一枚の写真が映し出された。

海外のカンファレンスの会場だろうか。
社長が壇上でマイクを握り、その隣には──
長いブロンドの髪を束ねた、知的で美しい女性が立っていた。

ふたりは同じスーツブランドのような衣装をまとい、
まるで対のような完璧なバランスで並んでいた。

スタジオの笑い声とともに流れたナレーションが、
何より胸に刺さった。

《ハーバード大学時代の同期で、いまも息の合ったパートナー》

その一文が、心の奥の何かを静かに引き裂いていった。

(……わたしじゃ、だめなんじゃないかな)

そう思った瞬間、自分でも驚くほど涙が滲んできた。


社長と私のあいだには、確かに恋人という関係がある。

愛していると伝えてくれた夜も、
不安なときに手を握ってくれた温もりも、
忘れたことなんて、一度もない。

でも──同じステージに立てているかと聞かれたら。

自信なんて、持てなかった。

エリザベスさんのように、堂々と英語でプレゼンができるわけじゃない。
経営の視点を持ってプロジェクトを動かしたこともない。
私には、ただの正社員という肩書と、努力中の未熟な知識しかなかった。


番組が終わるころには、
手の中のリモコンが汗でしっとり濡れていた。

 

その夜。
スマートフォンに通知が届いた。

──《今日は大丈夫? 夜、少しだけ電話できる?》

社長からのメッセージだった。

一瞬、心がふわっと軽くなる。

……けれど、その直後に、指が止まった。

「はい」とすぐに返せなかった。

 

(もし声を聞いたら、わたし、平気なふりをしてしまう)

言えない。
自信がないなんて、知られたくない。

だって私が勝手に劣等感を覚えて、
勝手に傷ついて、勝手に落ち込んでるだけだ。

でも。
それでも──そばにいたいって思ってる。

 

私は既読だけをつけて、画面を閉じた。

そして、自分の胸に手を置いた。


「わたし、どうしたいんだろう」
 

答えはまだ出ない。

でも、ひとつだけはっきりしていた。

「好き」という気持ちだけでは、
隣に立ち続けるには足りない。

私は私自身の力で、
この人のとなりに「ふさわしい」と、胸を張れるようになりたい。

そうじゃなければ、きっとまた、
何度でも自信を失ってしまうから。
< 52 / 61 >

この作品をシェア

pagetop