イケメンIT社長に求婚されました ―からだ目当て?……なのに、溺愛が止まりません!―
「……私、あの人の隣に立てるのかな」

不安は静かに膨らんで、
心の中で居場所を広げていく。

「……わたしなんて」
「どうせ、また失敗する」
「うまくやれない」

そんな言葉ばかりが、
過去の自分から引きずり出されてきて、
じわじわと胸を締めつけていった。

このままじゃ、またあの頃に戻ってしまう。

あの夜みたいに、
雨のなかで誰にも気づかれないように泣いて、
何も伝えられないまま、
ただ背中を向けて走ってしまう気がした。

震える指が、スマートフォンを手に取っていた。

「話すつもりなんて、なかったのに……」

小さくつぶやいたその言葉は、
胸の奥で震えて消えていった。

画面を開くと、そこには「葉山 律」の名前が浮かんでいた。

──そして気づけば、その名前を震える指でタップしていた。

コール音が、胸の奥で鳴り響く。
指先も、鼓動も、痛いほど震えていた。

「……陽菜?」

その声が聞こえた瞬間、心が決壊した。

「──……っ」

喉が詰まって、言葉が出ない。
一言も発せないまま、涙だけがあふれてくる。

「陽菜、どうした?」

「……わたし……無理、かもしれない……」

絞り出した声は、ひどく頼りなくて、
自分でも信じられないほど弱かった。

「テレビで……見たの。エリザベスさんと並んでるの。 SNSでも、たくさん過去の写真が出てきて……」

「……ああ」

彼の声は、変わらず落ち着いていた。
でも、その静けさが逆に苦しかった。

「すごく、似合ってた。
ふたりとも同じ世界で生きてて、同じ言葉を話してて、同じ高さで並んでて……」

「……陽菜」

「わたし……何もないの。何も持ってないの。
ただ好きなだけじゃ、隣にいられない気がして……」

言い終わるころには、声が完全に涙に溶けていた。

でも、それでも彼は、ちゃんと黙って聞いてくれていた。

長い沈黙のあと、受話器越しに静かな息遣いが届く。

そして──

「──もういい。今すぐ帰る」

「え……?」

「予定なんて全部キャンセルする。
今すぐチケットを取って、君のところへ帰る」

「ま、待って……社長、そんな──」

「律、って呼んで」

「……律」

目を閉じたまま、その名前をそっと口にすると、
彼の息が少し震えたように感じた。

「君が泣いてるのに、俺がアメリカにいる意味なんてない。
社会的な成功よりも、会社の利益よりも──
君が泣かないことのほうが、ずっと大事だ」

「……そんな、わたしなんかのために……」

その言葉に、彼の声が鋭くなった。

「『なんか』って言うな。
陽菜は、俺のたったひとりの恋人で、人生だ。
自分をそんなふうに言うな。俺が一番、悲しくなる」

胸の奥が、つん、と痛んだ。

ハッとした。
これは昔と同じだった。

自分を下げて、勝手に諦めて、
「どうせ」とか「私なんか」で、誰かの気持ちから逃げようとしていた。

そんな私に、彼は怒ってくれた。

私、なんて馬鹿なんだろう。

喉が焼けるように熱くなった。

「……わたし、あなたを待ちます……!」

涙声で、ようやく言葉を返した。

「わたし……待ってます。だから……」

でも、その続きを言う前に、彼の声が優しく遮る。

「……ありがとう。でも、待たなくていい」

「え……?」

「待たせない。今すぐ行くって決めた。
君のその言葉を聞いたから──帰る理由が、できた」

通話越しの彼の声は、あたたかくて、まっすぐで、
まるで私の心の空白をすべて埋めてくれるようだった。

「陽菜、俺は君の隣にいるって決めた。これからも、ずっと」

「…………」

「だから、待ってて。すぐ会いに行く」

その一言を残して、通話は静かに切れた。

画面が暗くなる。

その瞬間、私はスマートフォンを胸に抱きしめて、声をあげて泣いた。

うれしくて。
申し訳なくて。
でも、それ以上に、うれしくて。

──この人の「本気」が、こんなにもあたたかいなんて。

私、ようやく気づいたんだ。

この人は、ただの理想なんかじゃない。
誰よりも人間らしくて、誰よりもまっすぐに、私を見てくれている人だった。

そして今、その人が「帰ってくる」と言ってくれた。

私はもう、ひとりじゃない。
そう信じられる自分になれていた。
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