イケメンIT社長に求婚されました ―からだ目当て?……なのに、溺愛が止まりません!―
スマートフォンの画面が静かに暗転しても、胸の奥の熱は消えなかった。

私は深く息を吸い込んで、涙をそっと拭った。

鏡の中の顔はまだ赤く、少しだけ腫れていたけれど──
もう、このままではいられないと思った。

デスクに戻って、壁のカレンダーを見上げる。
その週の金曜日。
そこに、赤い丸をつけた。

(この日、社長が帰ってくる)

「待つ」だけじゃだめだ。
今度は、私が迎える側になりたい。
胸を張って、「おかえりなさい」と言えるように。

もう、泣かない。
もう、迷わない。
私は、強くなる。



その日からの私は、変わった。

仕事が終わったあとも、毎晩テキストを開いた。
ITの専門用語をひとつずつ覚えていく。

途中、何度もくじけそうになった。
でも、彼の声が、言葉が、私の背中を押してくれる。

(君は、特別扱いされる価値がある人だから)

社内チャットでは、ある日ひとつの依頼が飛び込んできた。

──Velvetを使いたいという、大手企業からの商談。

私は迷わず手を挙げた。
最初は「派遣上がりで?」と戸惑われたけれど、
それでも食い下がって、プレゼン資料を自分で作り、準備した。

資料は水野さんに何度もチェックしてもらった。
きっと、大丈夫だ。

社内の会議室で、プレゼンの前に深呼吸をする。
パソコンの画面に映るのは、自分が一から書いた提案書。

大勢の視線が自分に集中する。

手はかすかに震えていた。名乗る声も揺れる。
それでも、逃げない。
前を向く。

「それでは、始めさせていただきます」

その一言から始まったプレゼンは──
成功だった。

「説明、分かりやすかったです」
「こんなに感情に寄り添ったアプリなら、ぜひ導入したい」

そう言われたとき、涙が出そうになった。

でも、もう泣かない。
これは、私が自分でつかんだ結果だ。



そして、いよいよその日がやってきた。

カレンダーの赤丸が、今日という日を指している。

出勤の準備をする指が、少しだけ震えていた。
でもそれは、不安からじゃない。

「誇れる自分で、あなたに会いたい」

鏡の前で、スーツの襟を正す。

もう逃げない。

ようやく──胸を張って、「おかえりなさい」と言える自分になれた気がしていた。
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