酔って寝てたら保護されましたが、これが恋の始まりだなんて聞いてません〜警察官の甘やかな独占欲に包まれて〜
やがて、三人は交番にたどり着いた。

中にいたのは川合だった。

奈緒が瀬戸に支えられるようにして、ふらふらと入ってくるのを見て、目を丸くする。

「えっ、何事?」

杉崎がすかさず口を挟む。

「川合さん、無線入れたのに聞いてなかったんですか?」

「あっ……いや、おばあちゃんに道聞かれてて……」川合は少し気まずそうに目を逸らす。

瀬戸は冷静な声で指示を出した。

「杉崎、毛布持ってこい」

奈緒はソファへと導かれ、ゆっくりと腰を下ろす。

背中にふんわりとソファの感触が広がった瞬間、張っていた全身の緊張が緩み、無意識に息が漏れた。

間もなく杉崎が毛布を持ってきて、優しく肩から掛けてくれる。 
 
その柔らかくて少しだけ重たいぬくもりが、じんわりと体に沁み込んでくる。

瀬戸が彼女の前にしゃがみこむようにして、顔を覗き込む。

「お仕事は?」

奈緒は、少しだけ俯いて、小さく答えた。

「早退……しました。午後イチの取材中に倒れて……警視庁のサイバー課の方と……取材で……ご迷惑をかけてしまって……」

声はか細く、震えていた。悔しさと情けなさが胸を締めつける。

瀬戸も川合も、心配そうに彼女を見つめている。

「本当に……すみません」

奈緒は、心からそう思っていた。

迷惑をかけたことも、こんな自分の姿を見せてしまったことも──何より、また瀬戸のやさしさに触れてしまったことも。

だが瀬戸は、ゆっくりと首を横に振った。

「謝らなくていいですよ。誰だって、具合が悪くなることはありますからね。……僕らが見つけられて、よかったです」

その一言が、奈緒の胸に優しく──けれど鋭く突き刺さる。

やさしすぎる。こんなふうに、また温かくされてしまったら。

──お願いだから、そんなふうに言わないで。
忘れようとしてるの。

あなたの声も、手の温度も、全部もう、記憶の奥に閉じ込めようとしてるのに。

「ちょっと待っててくださいね」

そう言って瀬戸が立ち去り、しばらくして戻ってくると、手には一本のペットボトル。

「はい」

と、とん、とテーブルの上に置かれたのは、ホットのほうじ茶だった。

その瞬間、奈緒の目にぶわっと涙が溢れた。

「えっ、ほうじ茶、嫌いだった?」と、川合が焦ったように声を上げる。

奈緒はぶんぶんと首を振る。喉が詰まって、うまく言葉にならない。

「……いえ、ちが……います……嬉しくて……ありがとうございます……」

泣きながら言う声が、情けなくて、でも止まらなかった。

手を伸ばしてペットボトルを取ろうとしたその瞬間、

「あっ」

と、瀬戸が小さく声を上げて奈緒の手からそれを取った。キャップをカチッと回し、再び手渡す。

「熱いですよ。気をつけて」

その何気ないしぐさすら、優しさの塊だった。

奈緒の心は、もうぐちゃぐちゃだった。

冷え切っていたはずの胸の奥が、彼のひとつひとつの行動で、ぐらぐらと音を立てて溶けていく。

──やめてよ。
こんなふうにされたら、もう気持ちに蓋なんてできない。
なのに、私は──
何も、言えないのに。

瀬戸は、そんな彼女の顔を見て、少しだけ目を細めた。

そして、ティッシュの箱から一枚を抜いて、無言でテーブルの上に置く。

「……涙、拭いてください」

少し呆れたように言ったけれど、その声はどこまでも穏やかだった。

その穏やかさが、また奈緒を泣かせた。
< 104 / 204 >

この作品をシェア

pagetop