酔って寝てたら保護されましたが、これが恋の始まりだなんて聞いてません〜警察官の甘やかな独占欲に包まれて〜
奈緒が手にしていたペットボトルのほうじ茶を、最後の一口までゆっくりと飲み干した。

空になった容器を見つめたまま、ほんの少し息を吐く。

そのタイミングを見計らったように、瀬戸がそっと声をかけた。
「タクシー、呼びましょうか。早く家に帰って休まれた方が良いですよ」

奈緒は、軽くうなずいて、かすれた声で答えた。
「……はい、そうします。毎度毎度、本当にありがとうございます」

瀬戸はそれに、やわらかな笑みを返した。
「いえ、何度でも。困った時は、またいらしてください」

その言葉に、胸の奥がじんわりと熱を持った。
優しすぎるその言葉が、刃のように奈緒の心に刺さっていく。

──困った時は来ていい。でも、そこまで。

あの人の優しさは、誰にでも平等に降り注ぐ雨のようで、
私だけの傘にはなってくれない。

ほんの腕一本ぶんの距離にいる。

手を伸ばせば、指先がそのシャツの裾に触れそうなのに、
この胸の内側からは、どうしても近づけない。

まるで、透明な壁があるようだった。

届きそうで、決して届かない。
もう、何度もそう思ってきたはずなのに。

それでもまだ、期待してしまう。
ほんの少しでも、振り返ってくれたら、と。

奈緒の心臓は、そんな淡い望みの繰り返しに、もう疲れ果てていた。
優しさに触れるたび、壊れそうになる。

「……じゃあ、行きます」

立ち上がる時、瀬戸が手を貸してくれた。

その手の温もりすら、どうしてこんなに苦しいんだろうと思いながら、
奈緒はゆっくりと交番を後にした。
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