酔って寝てたら保護されましたが、これが恋の始まりだなんて聞いてません〜警察官の甘やかな独占欲に包まれて〜

再び、あの場所へ

出社してデスクに向かうと、あちこちから声がかかった。

「水原さん、大丈夫? ちょっと顔色よくなったね」
「いろんな風邪流行ってるから、無理しないでね」

自分のことを気にかけてくれる人がいるのはありがたかった。
まだ本調子ではないが、少しずつでも、前に進まなきゃと思った矢先だった。

「水原、ちょっと来て」

狩野の声が後ろから飛んできた。

わずかに息を切らしながら、いつもより少しだけ切迫した口調。
奈緒は慌てて立ち上がり、その背を追った。

通されたのは、誰もいない小さな会議室だった。
戸が閉まり、静寂が降りると同時に、狩野が口を開いた。

「都丸が受けることになってた交番への合同取材なんだが、水原に頼めるか?」

その言葉に、奈緒は耳を疑った。

「……えっ? でも、都丸さんに決まってたんじゃ……プレゼンもして」

「そうだ。けど、実は都丸、妊娠がわかったみたいでな」

狩野の口調は早口だったが、慎重さも滲んでいた。

「まだ報告するタイミングじゃないから伏せておく前提で、お前だけには先に伝えておきたいって言われた。後任は水原に頼みたいと」

奈緒の胸の中に、いくつもの感情が渦巻く。
驚き。戸惑い。そして、少しのざわめき。

「深夜問わず密着取材に駆り出される仕事だからな。会社としても妊娠中の社員にはさせられない。都丸も突然のことで申し訳ないって言ってたよ。でも、何より自分の身体を第一に考える決断だった。それが最善だと思う」

奈緒は唇を噛んだ。
都丸さんはあれほど熱心に準備していた。
それを、こんなかたちで引き継ぐなんて。

「……でも、どうして私に? 他の立候補者もいましたよね?」

問いかける奈緒の声はわずかに震えていた。

狩野は頷いた。

「ああ。けど、2番目に票が多かったのはお前だったし、都丸自身も『水原さんなら信頼して任せられる』って言ってたよ」

一瞬、息が止まりかけた。

「彼女も現場には行かないが、社内でできることをしたいって申し出てくれてる。産休まではまだ時間あるし、その間に都丸からもいろいろ教わるといい」

狩野はそう言いながら、奈緒の目をまっすぐに見た。
そのまなざしには、戸惑いではなく、期待がこもっていた。
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