酔って寝てたら保護されましたが、これが恋の始まりだなんて聞いてません〜警察官の甘やかな独占欲に包まれて〜
瀬戸は自宅の静けさの中で、ソファに腰を下ろした。
手には、水原奈緒の名刺があった。

小さな紙片に印字された「東京北都新聞・社会部」の文字と、彼女の名前。
その名刺に、そっと目を落とす。

——もう一年あったらな。

心の奥で、静かにそう思った。

実はすでに次の異動辞令が下りていた。
規則上、正式発表までは口外できない。

次の配属先は、警視庁本庁の「生活安全総務課」。
組織の根幹を支える地味で、対外的な活動が少ない部署だ。

四月付で警部補に昇進することも決まっていた。
昇進とともに大きな配置転換があるのは、警察の世界ではよくある話だった。

転勤すること自体は問題ない。
慣れているし、仕事は変わってもやるべきことは変わらない。

——問題は、水原奈緒だ。

瀬戸も、さすがに彼女の気持ちにまったく気づいていないわけではなかった。
取材中の視線、ふとした時の言葉の温度。
あれは、ただの好意だけではない。

自分も昔は、恋人がいた。
交番勤務に就いた頃だった。
都内屈指の忙しさを誇る新宿駅前の交番に移ってからというもの、私生活の時間は削られ続けた。

「私と仕事、どっちが大事なの?」
そう問い詰められた夜のことは、今も鮮明に覚えている。

何が正しかったのか。
あのとき、仕事を選んだ自分は間違っていたのか。

だけど、命を守る仕事に、軽々しく「私生活を優先する」とは言えなかった。

今度も同じだ。
何が正解か、簡単には答えが出ない。

瀬戸は、奈緒の名刺をそっと自分の名刺ケースの上に重ねた。

そして、ただ静かに、その文字を見つめ続けた。
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