酔って寝てたら保護されましたが、これが恋の始まりだなんて聞いてません〜警察官の甘やかな独占欲に包まれて〜
瀬戸は、そっと奈緒の手を包み込みながら、静かに口を開いた。

「僕は、交番勤務の中で……これまで多くの人の手を取ってきました。困っている人、泣いている人、迷子になった子供や、道に迷った高齢者の方……」

言葉を選ぶように、ゆっくりと続ける。

「だけど、同じ人の手を何度も握ることって、滅多にないんです」

奈緒はただ、俯いたまま、瀬戸の声に耳を傾けていた。

「そんな中で……あなたは、僕の手を何度も取ってくれた」

「取材のときも、酔っていた夜も、そして今日も──」

交番の中は、不思議な静けさに包まれていた。時計の秒針の音がやけに響いている。

「あなたが……笑って交番を出ていく姿を見ると、警察官になってよかったと、心から思えたんです。それは、僕にとって一番の、誇らしい瞬間でした」

「でも──その笑顔の裏で、あなたが傷ついていたなんて、思いもしませんでした」

瀬戸の声が、ほんのわずかだけ、揺れた。

「僕は、まだまだ……警察官として足りないところだらけです」

「気づきをくれて……本当に、ありがとうございます」

その言葉に、奈緒の心が深く震えた。

なんて、不器用で、真っ直ぐで、馬鹿がつくほど真面目な人なんだろう。

奈緒は、涙を流しながら、ゆっくりと首を振った。

「ちがうの……ちがうんです……」

喉の奥が熱くて、言葉にならなかった。

伝えたい気持ちは、胸の中に溢れているのに。
なのに、うまく言葉にできない。ただ、涙だけがあとからあとから溢れてきた。

瀬戸はそんな奈緒を見て、少しだけ口元を緩めた。
ほんのわずかに、自嘲気味な笑み。

「……それに、言いそびれていましたが、僕は……結婚していません」

奈緒は、はっと顔を上げる。

「……彼女にも、交番勤務になったときに振られました」

「お弁当は……自分で作ってます。趣味みたいなもので」

その一言に──

奈緒の涙が、ぴたりと止まった。

一瞬、空白が訪れ、心の中で何かが静かにひっくり返る。

「……え?」

それは、呆然と漏れた、ひとことだった。
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