酔って寝てたら保護されましたが、これが恋の始まりだなんて聞いてません〜警察官の甘やかな独占欲に包まれて〜

はじまり

4月1日。

スーツの襟元を整え、少しだけきつく締めたリボンタイが喉元を圧迫してくる。
奈緒は朝の地下鉄の中で、何度も深呼吸を繰り返していた。

「東京日報 霞ヶ関支局」。
新しい名刺には、堂々とその肩書きが印刷されている。
けれど名刺の重みにまだ実感が追いつかない。

霞ヶ関の空気は、どこか張り詰めていて、北都新聞の雑多な熱気とは違った。

役所の前を歩くスーツ姿の人々が早足で、誰もが時間に追われているように見えた。

その中で自分だけが妙に浮いている気がして、奈緒は小さく背筋を正した。

ビルの中に入り、受付を済ませると、すぐに編集デスクの担当者に案内される。

案内された執務室では、各机にPCが整然と並び、静かなタイピング音と電話の声が交差していた。

「こちらが本日から社会部に配属になる水原奈緒さんです」

紹介の声に、数人の記者たちが顔を上げ、軽く会釈してくる。

「水原です。本日からお世話になります。北都新聞社から参りました。
まだまだ至らぬ点ばかりですが、精一杯頑張りますので、よろしくお願いします」

声は思ったよりも震えていなかった。
そのことに奈緒自身が驚いた。

編集デスクの溝口課長が「水原さんには、都庁と防災関連の担当に入ってもらう予定です」と言った瞬間、数人が「お、あの忙しいところ?」と軽く笑った。

「一発目、資料室の整理と通達チェックね。役所回りは今週後半から一緒に出てもらう予定」

初日の仕事は、地味なものだった。
膨大な過去資料をファイルから抜き、カテゴリごとに並べ替える作業。

けれど、ファイルに差し込まれた紙一枚一枚から、都政の流れや人の動きが垣間見えて、奈緒は夢中になっていた。

昼休み、新人だということで先輩記者に連れられて社員食堂へ。

「北都新聞って、記者魂あるよね。現場たくさん出てたって聞いたけど」

「はい。新宿の交番に密着していました」

その一言で、空気がほんの少しだけ和らいだ気がした。

午後も黙々と作業をこなし、定時近くにはすでに目が霞むほど。

でも、これが“新しい場所”での第一歩。

帰り道、霞ヶ関のビルの灯りが少しずつ消えていくなか、奈緒は心の中で呟いた。
「明日も、ちゃんと頑張れますように」
< 174 / 204 >

この作品をシェア

pagetop