酔って寝てたら保護されましたが、これが恋の始まりだなんて聞いてません〜警察官の甘やかな独占欲に包まれて〜

ここが、あの夜?

新宿東口の交番は、駅前の喧騒の中にありながら、
どこかきっちりと整った雰囲気があった。
制服姿の警察官が数人、出入りしながら忙しなく動いている。

(さすが、新宿。人も、仕事量も多そう)

奈緒は緊張した面持ちで、交番の入口に立ち、カウンター越しに中を覗き込んだ。

「すみません、取材の件で伺った水原です」

声をかけると、20代前半ほどのやわらかな物腰の警察官が出てきた。
名札はなく、制服の胸元に印字された番号だけが視認できる。

「杉崎と申します。水原さんですね。お約束の件、うかがってます。
ただいま担当の者がパトロールから戻るところですので、少々お待ちいただけますか?」

「はい、ありがとうございます」

杉崎という名を心の中でメモしながら、奈緒は交番の中へ通された。

中は思っていたよりも広く、明るい。
壁には地域の防犯ポスターや、迷子の案内、詐欺防止のチラシがきっちりと貼られている。

事務机のひとつに案内され、奈緒は腰を下ろした。

(……よかった、あの人じゃなかった。ほんとに、取り越し苦労だった)

肩の力が少し抜けた。
不安と緊張で少し高ぶっていた呼吸が、ゆっくり落ち着いていく。

だが、机に座って、ふと視線を周囲に巡らせたとき――
胸の奥に、微かな違和感が浮かび上がる。

窓の位置。白い事務棚。掲示板の角度。
自動販売機の見える、ガラス越しの風景。

(……なんか、似てる)

心の奥にしまいこんでいたはずの、あの夜の映像が、じわじわと浮かび上がってくる。

水を買いに行った背中。
ゆらゆら揺れていた椅子。
開けてもらったペットボトルのキャップ。

(まさか……ここ?)

一度は安堵したはずの胸に、また小さな波紋が広がっていく。

緊張、安堵、記憶、不安――すべてがないまぜになって、胸の奥でぐるぐると回っていた。

「仕事だから。今日は、ちゃんと取材に来たんだから」

そう言い聞かせながら、奈緒はノートを取り出し、ペンを握りしめた。
けれど、その手は少しだけ、汗ばんでいた。
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