酔って寝てたら保護されましたが、これが恋の始まりだなんて聞いてません〜警察官の甘やかな独占欲に包まれて〜
杉崎の声が交番内に響いた瞬間――
空気が、ふと凍りついた。

瀬戸と川合の足が止まる。
ほんの一瞬、歩いていたリズムが狂ったように見えた。

ゆっくりと、二人の視線が奈緒の方へと向く。
まるでそこに時間が巻き戻されたかのように、静かで重い空気が交番内を包み込んだ。

奈緒は息を呑んだ。
手に持っていたペンが、かすかに震える。
さっきまでの「予感」が、「確信」へと変わったその瞬間。

(うそ……まじで……ほんとに、あの人……!)

あの夜、笑って、絡んで、ペットボトルのキャップを開けてもらって、
「好き」とまで言って――
記憶が容赦なく脳裏に再生される。

(きゃーーーーーー!!やばいやばいやばい)

自分の心の中でだけ叫び声が響いた。

顔が熱い。喉が渇く。逃げ出したい。
けれど、もう手遅れだった。

瀬戸も、川合も、はっきりと奈緒を認識していた。
そして――彼らの視線の先で、奈緒もまた、顔を引きつらせながら立ち上がる。

「こ、こんにちは……東京北都新聞の、水原奈緒です……」

なんとか平静を装って、名乗る。
声が少しだけ裏返った気がした。

誰も、返事をしなかった。

瀬戸の表情は無だった。
川合は、口元をわずかに引きつらせたようにも見える。

交番の中に、沈黙が走る。

何か異様な空気に気づいたのか、他の警察官たちもちらちらと視線を向けてくる。

(しんでしまいたい……)

恥ずかしさと緊張で、奈緒の鼓動はどんどん速くなる。
でも、その場を離れるわけにはいかなかった。

――記者だから。
――仕事だから。
そう何度も、自分に言い聞かせていた。

それでも、全身から滲み出る「いたたまれなさ」は、隠しようがなかった。
< 21 / 204 >

この作品をシェア

pagetop