酔って寝てたら保護されましたが、これが恋の始まりだなんて聞いてません〜警察官の甘やかな独占欲に包まれて〜
沈黙を破ったのは、川合だった。

「こんにちは、水原さん」

笑顔。
けれどその笑みには、どこか含みがあった。
まるで「知ってるよ」と言われているような――奈緒にはそう感じられた。

(やっぱり、覚えられてる……)

奈緒の心拍数は急激に跳ね上がる。
さっきからずっと熱いのは顔なのか頭なのか、もはや判別もつかない。

瀬戸はというと、無言で奈緒に一礼するだけだった。
軽く、機械的な会釈。

そしてすぐに彼女から視線を外し、肩にかけていたバッグと手に持っていた書類のファイルを、交番の奥にある整理棚へと無言でしまいにいった。
何かを遮断するかのように、感情を一切見せなかった。

(ちょっと、待って……なんなの……この空気……)

どうしてこんなに苦しいのか。
どうして、あんな一瞬のやりとりで、すべてが“詰んだ”ように感じるのか。

息が詰まる。
心臓の音ばかりが、やたらと耳の中で大きく聞こえる。

奈緒は、ただその場に立ち尽くすことしかできなかった。

帽子を取った川合が、軽い調子で言った。

「今日の取材、交通安全と防犯啓発でしたよね〜。あの人が対応しますので」

そう言って、あっさりと瀬戸の方を親指で指し示した。

指された瀬戸は、すでに棚の整理を終えており、振り返るでもなく淡々と資料を手に取っていた。

奈緒は、どうにか平常心を装いながら、唇の端を引きつらせて返す。

「は、はい。わかりました……」

でも、心の中では。

(終わった……完全に終わった……)

あの夜の酔態が、瀬戸の脳裏にどれだけ鮮明に残っているのかは知らない。
でも、あの無言と視線の回避は――覚えているという証明みたいなものだった。

取材が始まる前から、奈緒はすでに、全エネルギーを消耗していた。
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