酔って寝てたら保護されましたが、これが恋の始まりだなんて聞いてません〜警察官の甘やかな独占欲に包まれて〜
「それじゃあ、まず……最近増えている歩行者と自転車の接触事故について、現場での傾向を教えていただけますか?」

なるべく記者としての口調を保とうと、奈緒は声を整える。
けれど喉の奥はまだ熱く、滑らかに言葉が出てこない。

瀬戸は手元の資料を一瞥すると、淡々と答え始めた。

「最近は、歩道を高速で走行する自転車による接触事故が増えています。特に、スマホを見ながらの“ながら運転”ですね。都内でも特に新宿周辺は人通りが多く、注意喚起が必要です」

声は冷静で、事務的だった。
まるでさっきの“知ってます”の笑みなどなかったかのように。

奈緒は頷きながらノートを取っていく。
けれど、脳裏では別の映像が何度もリフレインする。

――「お巡りさん、好き……」
――「ちょっと待っててください」

思い出すな、思い出すな。
これは取材、仕事。
そう言い聞かせているのに、集中の糸が何度も切れそうになる。

「最近では、高齢者の方が絡むケースも多くて。視野の狭さや反応速度の問題もあります。こちらとしては定期的に交差点での見守りや、声かけを行っています」

瀬戸の説明は続く。
話は端的で、要点が明確だった。
記者としては書きやすい、理想的な話し方。

なのに――

(なんでこんなに、呼吸が浅いの?)

ペンを握る指に少し汗がにじんでいる。
取材相手の顔を見ることすらためらわれて、ノートに視線を落とし続ける。

ふいに、机に置かれたペットボトルが視界に入る。

(あれと同じ水……もうほんとに……)

頬がまた熱を持つ。
瀬戸は表情をほとんど変えずに話を続けていたが、ふと目線が奈緒のノートに落ちた。

「字、きれいですね」

唐突だった。

「え?」

奈緒は顔を上げてしまった。
視線がぶつかる。

瀬戸はほんの少しだけ、口元を緩めた。
それが皮肉なのか、ただの社交辞令なのか、奈緒には判断がつかなかった。

「……ありがとうございます」

震えそうになる声を押し殺しながら返す。
胸の奥でざわめく感情が、仕事とプライベートの境界をまた曖昧にしていく。

記者として。
いや、ただの女として。

(私、なんでこんなに動揺してるんだろ……)

目の前の男は、淡々と話す“ただの警察官”。
けれどあの夜、肩を貸してくれて、水をくれて、そっけなくいなしながらもちゃんと見てくれていた、あの人だった。

取材はまだ始まったばかりなのに、奈緒の心の中は、すでに何周もぐるぐると回っていた。
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