酔って寝てたら保護されましたが、これが恋の始まりだなんて聞いてません〜警察官の甘やかな独占欲に包まれて〜
奈緒は帰社後の片付けを終えると、ふと思った。
今日は、久しぶりに飲みたい気分かもしれない。

頑張ったご褒美に、少しだけ息を抜きたくなった。

いつも行く馴染みの居酒屋ではなく、足が自然と向かったのは会社から数ブロック離れたこぢんまりとした和風居酒屋。

暖簾をくぐると、木の香りが心地よく鼻をくすぐる。

店内は静かで、カウンターに一人客がちらほら。
奈緒は奥の席に腰を下ろした。

「生一つと、ささみの梅しそ巻きお願いします」
注文を済ませると、肩の力がふっと抜けた。
グラスが届くとすぐ、冷たい泡の立つビールをひと口。

喉を伝う苦味とともに、今日の疲れがやわらいでいく気がした。

仕事は順調だった。
けれど、任された責任は想像以上に大きく、終わりが見えない焦燥と疲労がじわじわと体を包んでいた。

関係機関とのやり取り、日々変わる情報、予算やスケジュールとの折り合い。

でもそれ以上に、心の奥にあったのは、ぽっかりとした空白だった。

交番のあの人――瀬戸に、もうしばらく会っていない。

会えば緊張するし、恥ずかしくてまともに顔も見られないのに。
それでも、なぜか思い出すのは、あの真っ直ぐな眼差しと、ふと見せた優しさだった。

店の奥から聞こえる常連客の笑い声に、奈緒は箸を動かしながらふっと笑った。

「ほんと、なに考えてるんだろ、私」

つぶやきは泡に溶け、またひと口ビールを飲んだ。
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