魔法使い時々王子
翌日、再びミロ王国の使者が王宮を訪れていた。

重厚な扉が閉じる音を確認すると、シドは静かに柱の影へ身を寄せた。

指先に魔力を集める。

「……糸耳」

極細の魔力の糸が、するりと扉の隙間へと滑り込む。
空気の振動が伝わり、声となって耳に届く。

『星晶の採掘は認められません。あの地は聖域――』

ミロ側の必死な声。

『掟は理解しております。しかし時代は変わる。星晶の力を用いれば――』

イスタリア側の低い声が続く。

シドの表情が険しくなる。

(本気で押し切るつもりか……)

その瞬間。

ぷつん。

何かが、切れた。

耳に届いていた音が、唐突に途絶える。

「……っ」

指先に感じていたはずの魔力の糸が、まるで刃物で断たれたように霧散した。

「盗み聞きは感心しませんね」

背後から、穏やかな声。

シドはゆっくり振り返る。

ロザリアが立っていた。

微笑んでいる。
だがその周囲の空気は、わずかに震えていた。

「……すみません。でもどうして気がついたんですか…」

「糸耳は繊細で良い魔法です。でも、わたくしの結界の中で使うのは無謀でしたね」

さらりと言う。

つまり最初から、ロザリアは“音を守っていた”。

シドは観念して息を吐いた。

「星晶の件です。……アリス…王女から手紙が来ました」

ロザリアの瞳が、わずかに揺れる。

「ほう」

「イスタリアが、ミロの聖域に踏み込もうとしている。……本当ですか?」

ロザリアは数秒、シドを見つめた。

やがて静かに言った。

「……行きましょう」

「どこへ」

「執務室です。ここで立ち話をする話題ではありません」

ロザリアは踵を返す。

シドは一瞬だけ会議室の扉を見つめ、それからその背を追った。

廊下の窓から差し込む光が、やけに冷たく感じられた。
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