その天才外科医は甘すぎる~契約結婚のはずが溺愛されています
 副院長室のドアをノックする。中から秘書と思しき人がドアを開けて、奥へと真澄とともに通される。それだけでもうすでに緊張で喉が渇いていた。

 「まあ、そこにかけなさい」

 すすめられて応接のソファに並んで座る。秘書は退室したらしく、部屋の中は三人だけになる。向かいに座る副院長は笑みを浮かべているが、その目は明らかに人を測る目だった。

 「彼女が妻の澪です。先月入籍しました」

 真澄は何のてらいもなく、澪の名を口にした。

 「一般企業にお勤めですか。医薬品卸……ね」
 「はい。セリスバイオという会社で営業をしております」
 「正直なところ、柊木くんが専門職以外と結婚するとは思わなかった」

 その言い方には、明らかな棘があった。
 釣り合いが取れない――とでも言いたげな副院長の目が、澪を射抜くようで思わず俯きそうになる。

 「ええ、私の一目惚れでしたから」

 その一言で、空気が少し変わった。
 副院長は少し驚いたように眉を上げたが、すぐに笑みに戻る。

 「私にとって必要なのは、医師としてのパートナーではありません。人として支え合える相手です」

 副院長の眉が、ほんのわずかに動いた。

 「奥様には席を外していただこう。少々仕事の話もあるものでね」
 「今日はご挨拶だけという話では?」
 「君は残りなさい柊木くん」

 副院長は、ピシャリと鋭く言い放つ。

 「――澪、ロビーにカフェがある。そこで待っていてくれ」
 「……はい、分かりました」

 澪が立ち上がるとき、真澄がほんのわずかに手を差し出しかけて、やめてしまった。

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