その天才外科医は甘すぎる~契約結婚のはずが溺愛されています
 澪が部屋を出たあと、副院長は椅子に深く腰を沈め、やれやれといったふうに息をついた。

 「随分と自分の意思を貫くようになったじゃないか」
 「医師である前に人間ですから」
 「そんな青臭いことを君がまだ言うとは思わなかった。現実は理想や情だけで回るほど甘くない。とっくに理解していると思っていたが」

 真澄は答えなかった。答える価値さえ感じなかったからだ。副院長は苦笑まじりに、机上のファイルを手に取った。

 「君に、海外の病院からオファーの話が来ているのは知っているか?」
 「……一応、耳には入っています」
 「カリフォルニア州の名門病院だ。そこへ蒼林大学病院からの派遣という形で君を貸し出そうと思っている」

 真澄のまなざしが一気に鋭さを増した。

 「君の忠誠度には、少々疑問符がついているのは事実だ。組織の意向や人間関係より、個人の判断を優先する傾向が強すぎる」
 「それが評価基準になるのなら、私は蒼林(ここ)には向いていません」
 「だが、腕は確かだ。だからこそ、こちらも君を最大限活用したい」
 「本気で使いたいというのなら、その表現は考えたほうがいいと思いますが」

 副院長はくつくつと笑った。
 
 「まあいい。行ってくれたまえ、柊木くん。我々が育てた君が向こうで評価されれば蒼林への貢献になる。それだけで十分、我々にとっては価値があることだ」

 沈黙が落ちた。
 真澄はその場にしばし留まり、目を細めたまま言った。

 「――私の人生は、病院の実績のためにあるわけではありません。失礼します」

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