その天才外科医は甘すぎる~契約結婚のはずが溺愛されています
 「辛いことを思い出させてしまって申し訳ない」

 鷹野の声はどこまでも冷静で、まるで残酷な宣告を待つ患者に対して慈愛を込めて告げるように、優しげですらあった。

 「ただ、あなたには知っておいてもらいたくて。知らないまま幸せでいるのもいいけれど、患者家族には知る権利もあるでしょうから」

 そう言って鷹野はニコリと笑うと、何もなかったように白衣を揺らして去っていった。
 その後ろ姿を呆然と見送った後、澪は長い間その場を動けなかった。

 椅子の背にもたれたまま、両手が震える。冷めかけていたコーヒーのカップを握りしめたまま、少しでも力を抜いたらすべてが崩れてしまいそうだった。

 (本当に……?そんなことが……?)

 目の奥が熱くなるのをこらえて、口を引き結ぶ。

 (言えない……こんな話、信じたくない)

 でも、胸の奥には確かに落ちてしまった。

 もしそれが本当だったら――という、逃げ場のない問いが。

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