その天才外科医は甘すぎる~契約結婚のはずが溺愛されています
 「島津さん今いいですか?ちょっとお尋ねしたいことがあって」

 昼下がり、スタッフの出入りが落ち着いた時間を見計らい、真澄は看護師長室を訪れた。ノートPCを手にしたまま立つ真澄に、看護師長は少し首を傾げる。

 「珍しいわね、先生からの質問なんて。どうしました?」
 「五年前の七月二十二日――この日のことを、お聞きしたくて。当時手術部にいましたよね」
 「ええそうだけど。七月二十二日……?」

 真澄はノートPCを開き、当日の手術予定表と変更履歴を表示する。

 「この日って…ああ、柊木先生の初症例の手術があった日ね?」
 「はい。その日、心臓血管外科の手術が一件延期されているんです。小野寺瑞恵さんという方なんですけど、何か覚えていませんか?」

 彼女はしばらく記憶を探るように視線を彷徨わせたあと、小さく頷いた。

 「……ああ、あったかもしれません。その数日前に『患者さんの希望で延期したい』って心外(しんがい)から調整依頼が入ったんじゃなかったかしら」
 「患者の希望?」
 「そうそう、黒木さん…当時の心臓血管外科の看護師長ね。彼女から、患者の希望でもう一度改めて日程を調整したいって申し出だったと」
 「……それだけですか?」
 「ええ。成功率が高いとは言えなかったからご本人も迷われたのかもしれません。手術直前になって不安定になる患者さん、けっこういらっしゃいますから」

 真澄は無言で頷きながら、深く息を吐いた。
 どこか、まだ引っかかりが残る。

 (……本当に患者の…澪の母親の希望だったのだろうか?)

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