その天才外科医は甘すぎる~契約結婚のはずが溺愛されています
 ◇◇◇◇

 お礼を言ってクリニックを出たあと、澪と真澄はしばらく黙って歩いていた。

 午後の空にはうっすらと雲が広がり、秋の光が街並みに優しく降りそそいでいる。風は涼しく、木々の葉がさらさらと鳴る音が耳に心地よかった。

 (……ちゃんと、聞けたんだ)

 母が、どうして手術を延ばしたのか。

 それは母が、自分の意思で選んだ最後の優しさであり願いだった。そのことを知ることができた。

 ふと横を見ると、真澄が無言で手を差し出していた。その大きな手に、澪は迷いなく自分の指を重ねる。秋の風がふわりと吹き抜ける中で、つないだ指先にだけ、変わらないぬくもりがあった。

 「大丈夫か?」
 「はい。ちゃんと、区切りをつけられた気がします」

 小さな声で告げると、真澄は静かに目を細めた。

 「ありがとうございました。調べてくれて、一緒に来てくれて……本当に」

 自分一人では、きっと母の最後の気持ちには辿り着かなかった。真澄も自分と同じように向き合ってくれたから、知ることができたこと。

 真澄の手が、そっと強く澪の手を握り返す。

 「俺も、来られてよかった」
 「え?」
 「病院って不思議な場所だよな。病気になった誰かが救われる場所でもあり、命を落とす場所でもあり、命が生まれる場所でもあって――」

 真澄が少し歩く速度を落としながら空を見上げる。

 「そんな当たり前のことを思い出させてくれた。自分が何で医者を目指したのか、何のために医者を続けているのかも」

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