その天才外科医は甘すぎる~契約結婚のはずが溺愛されています
 車はしばらく走ったあと、ゆるやかな坂道を抜けた先の小さなパーキングに停まった。

 「ここから少しだけ歩く」

 それだけ言って車を降りた真澄のあとを追って、舗装された小道を歩いていく。すると角を曲がった先に一軒の建物が現れた。
 エントランスの奥には、まるで温室のような庭が広がっている。光が織りなす装飾照明が花々を照らしていて、まるで植物園の中を歩いているようだった。その幻想的な雰囲気に、澪は足を止めて魅入ってしまう。

 「ここ、すごいですね……」

 思わずこぼれた言葉に真澄が振り返る。

 「気に入ったのならよかった」

 レストランの入り口へと続く石畳のアプローチを進むと、扉を開けて出迎えたスタッフが丁寧に頭を下げた。

 「柊木様、いらっしゃいませ」

 店内に入ると、まず目を奪われたのは巨大な水槽。
 青と金の光をまとった熱帯魚が、音もなく水の中をすべるように泳いでいる。

 「わぁ……」

 高い天井と開放的な吹き抜け、そこに静かなピアノの旋律が交じり合って別世界に足を踏み入れたようで。

 そして、スタッフに案内されたのは店の奥――ガラス越しに手入れの行き届いた庭が見える、落ち着いた雰囲気のソファ席だった。

 「夜だけ営業している店だ。会員制だから落ち着いて食事ができる」
 「よくこられるんですか?」
 「病院から近いし、夜遅くまで営業しているからときどき来る。ここは食事も酒も美味い」

 そんなやり取りをしながらメニューを見て、それぞれ注文を終える。

 「俺に遠慮せず飲めばよかったのに」
 「ありがとうございます、でも明日もあるので大丈夫です」
 「朝早いとか?」
 「夕方にトラブルがあって一応解決はしたんですけど、念のため明日の朝に後輩と一緒にフォローに行こうと思ってて」

 それもあるけれど、さすがに運転してくれている人を差し置いてお酒を飲む気にはなれなかった。もともとそんなに強くないし、こんな緊張した場面で飲んだらいつもより酔いが回りそうだ。

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