その天才外科医は甘すぎる~契約結婚のはずが溺愛されています
 しばらくの間、穏やかな食事の時間を過ごした。

 食後のコーヒーが運ばれ、落ち着いた照明が柔らかく周囲を照らす。ガラス越しの綺麗な庭。水槽の中で優雅に泳ぐ熱帯魚。会員制のためか店内は適度な距離感が保たれていて、ざわつくこともなく心地よい静寂が流れていた。

 (……このままずっとたわいのない会話で終わるのかな)

 それならそれでもいい。
 そう思おうとしたのに、どうしても心の奥に引っかかってしまう。

 この場に来た理由がただ食事を楽しむだけではないことは、何となく感じ取れてしまっていたから。

 「……あの、私に何かお話があるとおっしゃってましたよね?」

 言い出すまでに、わずかな間があった。
 澪はコーヒーカップを置いて、ずっと聞きたかったことをようやく言葉にした。

 「こんなお店までご一緒させていただいたのは、何か理由があるんじゃないんですか?」

 澪は正面に座る真澄の様子を窺う。
 真澄はナプキンを丁寧に整えながら、どこか思考をめぐらせるように目を伏せていた。

 「理由はあるが…どう切り出すべきか考えていた」
 「……?」

 少しの間、沈黙が落ちた。
 言葉を選び感情を整えているような、そんな静けさが漂う。

 やがて、真澄は顔を上げてまっすぐ澪を見た。


 「俺と――結婚する気はないか?」


 (……は?)

 頭が真っ白になる、というのはこのときのことだと思った。

 理解が追いつかないまま、真澄から告げられた言葉だけが頭の中で何度も繰り返し再生される。

 「……ちょ、ちょっと待ってください。話が……急すぎて」

 真澄は動揺する澪を、ただ正面から真摯に見つめている。
 そこでようやく、これは冗談ではないことに気づかされた。でもそうなると余計に混乱のほうが大きくなる。

 (結婚?私が?数日前にあったばかりのこの人と…?)

 激しくうろたえる澪とは対照的に、真澄は落ち着いた様子でコーヒーカップを口に付ける。

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