その天才外科医は甘すぎる~契約結婚のはずが溺愛されています
 (やっぱり緊張する…)

 取り次ぎを待っている間、澪は意味もなく何度もバインダーの中を確認したり持ち替えたりしていた。そして程なくして、医局の奥から誰かが出てくる気配がした。足音は静かで、規則正しいリズムを刻みながらこちらへ近づいてくる。

 姿を現したのは、長身で引き締まった体躯に白衣を纏った男性だった。

 「第一外科の柊木だ」

 澪は思わず息をのむ。

 (……柊木先生って、もしかして…)

 澪の脳裏に、同僚から聞かされた話がよぎった。蒼林大学病院には『天才外科医』と呼ばれる医師がいる、と。

 柊木真澄――国内初の難症例を成功させた脳外科医。『神の手』『成功率100%のスーパードクター』などと称されるエースで、彼のおかげで蒼林の第一外科は成り立ってると言われるほどらしい。

 「お忙しいところすみません…セリスバイオの小野寺と申します」

 緊張で指先が震えそうになるのをどうにか堪えて、名刺を差し出した。

 「……小野寺、澪」

 名前をなぞるように口にされて、それだけで少し鼓動が早くなる。

 「で、要件は?」

 低く、どこまでも冷ややかな声。澪は一瞬ここに来てしまったことを後悔しつつも、気持ちを奮い立たせるようにして顔を上げた。

 「あの、本日第一外科からいただいた追加発注分なのですが、品番が現行品と違うものがありました。あとロットも古い番号でしたのでご確認をお願いしたくて…」
 「発注したのは俺ではない。具体的な品名は?」

 淡々とした口調の中にかすかな圧を含んでいて、澪はますます萎縮しそうになった。

 「えっと、品名はカルボプラチン注です。記載内容と実際の納品に齟齬があると薬剤部で引っかかってしまうので…」

 視線から感じる静かな圧に動揺しながらも、発注書を見せながらできるだけ丁寧に、落ち着いて説明する。すると彼は一瞥しただけで用紙の不備に気づき、眉をひそめた。

 「発注したのは…鷹野先生か。急ぎで旧式のフォーマットを使ったんだろう」

 それだけを言い残していったん奥へ消えると、すぐに新しい発注書を持って戻ってきた。

 「もう一度確認してくれ」

 内容を確認するときちんと訂正されている。

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