その天才外科医は甘すぎる~契約結婚のはずが溺愛されています
 「はい、これで大丈夫です。修正ありがとうございました」

 澪が顔を上げてお礼を伝えるも、彼はすでに無駄のない手つきで資料をめくっていた。

 「こういう対応には慣れているのか?」

 ほんのわずかな時間でも無駄にしたくないとでもいうように、手元からは目線を逸らさずに問いかけられる。澪はその意味を測りかねて、小さく瞬きをした。

 「薬品の品番をすべて頭に入れているのか?」
 「あ……はい。品番やロット管理は毎日やっているので自然と覚えました。同じ成分でも、規格や適応が違うと患者さんに影響が出てしまうので」

 そう言うと、資料から顔を上げた真澄と正面から目が合う。澄んだ水面のような怜悧で涼しげな目。その目に捉えられると、自分のすべてを見透かされるような感覚になって、思わず手に持ったバインダーに力を込める。

 「最近、不規則な生活が続いているな」
 「……はい?」

 不意打ちすぎて、思わず声が上ずってしまった。

 「下口唇の内側に口内炎ができている。それから瞳孔の反応、肌の血色、会話中の視線の揺れ。一週間以内に五時間以下の睡眠が三回以上ある」

 (な、なんでそんなことまで……!?)

 どこかで見られていたのかと思うほど、指摘は具体的だった。確かに、ここのところ営業所のシステム入れ替え対応で、終電帰りが続き不規則な生活を送っていたのだ。

 「ど、どうして……」
 「職業柄こういうのは得意だ」

 手元の資料をパタンと閉じると、軽く目を伏せる。

 「仕事も大事だが、自分の体も少し労わったほうがいい」

 それだけを言い残して背を向けると、白衣の裾を揺らしながら静かに歩き去っていく。
 残された澪は、その場で呆然と立ち尽くした。

 (な、なんだったんだろう…あの人)

 ――それが、天才外科医・柊木真澄との出会いだった。

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