その天才外科医は甘すぎる~契約結婚のはずが溺愛されています
 蒼林大学病院に着いたのは、午後の時間だった。

 「納品に伺いました。セリスバイオの小野寺です」
 「はいどうぞ」

 二度目の訪問なこともあってスムーズに受付をパスすると、納品窓口を目指して廊下を進む。

 「あっ、きたきた!」

 ひときわ明るい声が飛んできて顔を上げると、納品カウンターにいる数人のスタッフが一斉にこちらを見てくる。

 (え、何この空気…?)

 まさかこんなふうに待ち構えられていると思わなかった。まるで珍しいものを見るかのような視線に、なんともいえない居心地の悪さを感じてしまう。

 「小野寺さんね?柊木先生、もういらっしゃってるから」

 「……え?」

 一瞬、時が止まった。

 (今、柊木先生って…?)

 スタッフに促されるようにカウンターまで近づくと、廊下の壁にもたれるようにして白衣姿で視線を落とすその人が目に入った。

 ――柊木真澄医師。

 一度見たら忘れられない立ち姿。静かで整った、隙のない気配。それなのに、見た瞬間胸が軽く跳ねるのを止められなかった。

 「柊木先生、今日もかっこよすぎない?」
 「あの距離で話せるなんて羨ましすぎるんだけど……」

 納品カウンターの奥から漏れ聞こえる声に、澪は顔をこわばらせる。

 (え、何これどういう状況?発注ミスがあった薬だから?それにしても…)

 医薬品の納品に医師が直々に立ち会うなんて聞いたことがない。しかもそれが『天才外科医』と呼ばれる人物なら、なおさらだった。

 「…やっと来たか」

 周囲の視線やざわめきに気づいているらしく、少しだけ煩わしそうな顔で澪の顔を一瞥する。

 (別に私だって来たくて来てるわけじゃ……)

 『柊木先生の指名』だから来たのにと心の中で反論しながらも、小さく息をついてバインダーをぎゅっと握り直す。

 「お、お待たせしました。こちらが納品書類になります」
 「確認する」

 無駄のない動作で書類に目を通す。その姿は、周囲の空気すら変えてしまうほどの存在感を放っていた。やがて、わずかに目線だけを上げる。

 「問題ない」

 そう告げると、署名欄に滑らかにサインを入れる。澪は書類を受け取って、ほっと安心したのも束の間だった。

 「このあと少しいいか?」
 「……えっ?」
 「通用口のほうへ戻るんだろう?そこまで少し話したいことがある」

 声はあくまで業務的なトーンを保たれていた。動揺したまま咄嗟に断る理由を見つけられずにいると、背後がざわめく気配を感じる。

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