その天才外科医は甘すぎる~契約結婚のはずが溺愛されています
 「うそ、柊木先生がお見送り?!」
 「通用口まで送るって…柊木先生ってカッコいいだけじゃなくて紳士なんだぁ…」

 カウンター奥のスタッフたちの空気が一気に華やぐのが、ひしひしと伝わってくる。パソコンに向かいながらも視線は完全にこちらで、誰かがペンを取り落とす音まで聞こえた。

 (お願いだからやめて……!)

 澪は恥ずかしさで心の中で叫びながらも、なんとか顔を保ったまま「分かりました」と頷いた。
 それを確認した真澄は、無言のまま歩き出す。

 (空気が重い……)

 すぐ隣りにいるのに、何を話せばいいか分からない。通用口までのほんの数メートルの距離が遠くに感じて、息苦しさで喉が詰まりそうになった。

 (やっぱり、この前のこと怒っているのかもしれない…)

 だから、たくさんのスタッフがいる前ではなく、わざわざ二人きりになることを選んだのかもしれない。
 澪は覚悟を決めて、声を振り絞った。

 「あの…先日は勝手な行動をしてすみませんでした」

 歩いていた真澄が、ほんの一瞬だけ動きを緩めた。

 「……何の話だ?」
 「医局まで直接伺ってしまったことです。まずは納品カウンターのスタッフから内線で取り次いでもらうべきだったのに……軽率でした」

 真澄の足がぴたりと止まる。
 つられて立ち止まって見上げると、彼は軽く額に手を当てて息をついた。

 「……そう思っていたのか」
 「はい、違うんですか?」
 「あれは緊急の発注だっただろう。だから急いだほうがいいと判断したんじゃないのか?」

 澪ははい、と頷いた。
 どうやらそのことについてとがめられているわけではないことが分かって、少しほっとする。

 「発注ミスを即座に正した判断は適切だ。それにあとで薬剤部からも感謝されたと聞いている」
 「いえ、私は当たり前のことをしただけなので…」
 「そういう当然のことをできない人間は多い。君のような対応は貴重だ」

 相変わらずの淡々とした起伏の少ない口調だったけれど、その一言が妙に耳に残った。

 真澄は再び前を向いて歩き出す。それがごく当たり前のことのように――けれど確実に、澪のペースをさらっていく。

 冷静で無駄がなく完璧主義。
 それは纏う雰囲気からも伝わってくる。

 (でも……)

 情を挟まない、という噂は当てはまらないような気がする。
 少なくとも今の澪は、そう感じた。

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