裏切りパイロットは秘めた熱情愛をママと息子に解き放つ【極上の悪い男シリーズ】
 でもなりふりかまっていられなかった。
 彼と再会してから何度も感じた心の揺れが、これ以上彼と会ってはいけないと警告している。
 裏切られていたのだと知ってもなお、彼への愛を断ち切れずにいた、あのつらかった日々には、絶対に戻りたくない。
「お願い……もう放っておいて……」
 最後の願いを絞り出すと、同時にポロリと涙が落ちた。
「和葉……」
 そこでまた遼一の携帯が鳴る。遼一が忌々しげに舌打ちをした。
「行ってください」
 感情を殺して言い放つと、遼一が沈黙する。
「帰ってください!」
 ダメ押しでもう一度そう言うと、彼はため息をついてこちらに背を向け玄関へ歩き出す。足を止めて、しばらく沈黙したあと口を開いた。
「あの時は悪かった。だが子供には……あの子には俺たちのことは関係ない。放っておくわけにはいかない。また連絡する」
 そして今度こそ部屋を出ていった。
 静かに閉まるドアの音と立ち去る遼一の靴音を、ダイニングテーブルに座ったまま和葉は聞く。
 こぼれ落ちた涙を拭うこともできずに、雑然とした部屋を見つめていた。
 ——今更。
 今更、謝らないでほしいと思う。
 婚約破棄を告げられたあの時に、この言葉をくれたなら、自分はあんなに苦しまずに済んだかもしれないのに。もっと早く前を向けたかもしれないのに。
 きちんと終わらせてくれなかったからこそ、納得できなくてつらかったのだから。
 それなのに今更……。
 隣の部屋から樹が泣く「え、えっ」という声が聞こえる。薄いドアを隔てただけの場所で大きな声を出したから目が覚めかけているのだろう。
 早く行ってなだめなくてはと思うのに、どうしても立ち上がることができず、和葉はそのまましばらくじっとしていた。
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