裏切りパイロットは秘めた熱情愛をママと息子に解き放つ【極上の悪い男シリーズ】
 おかげで家までの帰り道に公園に寄らなくて夜ぐっすりと眠ってくれる。その時間を利用してふたりに会えているというわけだ。
「よかったじゃん、あそこ評判いいよね。CAの友達も預けてるよ。私も絶対あそこにする……って全然その予定はないけど」
「でもよく知ってたね。私たちでも知らなかったのに」
 歩美が首を傾げて和葉を見た。
「たまたま検索してたら気がついて。保育園の問題は切実なので……」
 どきりとしながら、和葉は曖昧に答えた。
 本当は自分でその情報に辿り着いたのではなく、遼一から教えてもらったのだ。
 樹が救急車に運ばれた次の日、『また連絡する』と言った言葉通り、彼はメッセージを送ってきた。今度こそ繋がりを断ちたいと思っていた和葉が、彼からのコンタクトを無視できなかったのは、内容が樹に関することだったからだ。
《保育園の話だが、ここなら運動不足にならないんじゃないか? 少し前に規定が変わって空港勤務者ならNANA職員以外でも受け入れ可能になったはずだ》 
 そこに添付されていたのが、空島保育園のHPだったのだ。
 もう彼と関わりたくないのは本心だが、樹のこととなれば話は別。とくに保育園は、成長すればいずれは転園しなくてはならないと考えていた。情報のでどころなんて気にしていられない。
 すぐに問い合わせると、運良く空きがあり転園できた。
 あの日、話を逸らすための雑談として和葉が口走った樹の話を遼一が覚えていたのも意外だったが、それについて有益な情報をくれたのも驚きだ。
『子供のことは話が別』
 だからまた連絡すると言った彼に、和葉は反発を覚えたが、こういうことなら悪くないとも感じていた。いや、悪くないどころかありがたい。
 樹を生むと決めた時は、なにがあってもひとりで育てると心に決めた。苦労ならいくらでもすると覚悟して。でも母親ひとりでできることは限られていると痛感する時もあって、無力感に苛まれることもある。
 おそらく遼一にとってこの行為は、意図せず片親にしてしまった樹に対する罪滅ぼしのようなものだろう。あるいは、子の父親として最低限の義務は果たさなければと思っているのかもしれない。
 だとしても、それで樹が毎日楽しく過ごせるならそれでいい。そのためには、自分のわだかまりやプライドは、捨てるべきだ。
 転園の報告やそれ付随する事務的な話で何度かメッセージのやり取りをしたが、あの心の揺れを感じることもなかった。
 直接会わないこの距離感ならやっていけると今は思う。
「確かあそこ、隣の土地にも園舎を建てて広げる計画だったんじゃないかな。NANAの職員以外も受け入れていくならもっと広さが必要だし」
 歩美が思い出すように言い、それに麻衣子が反応する。
「えーそうなんだ。保育園なんていくらあってもいいですからね」
「うん、そう。保育園以外にも最近特に職員の福利厚生に力を入れてるのよ。空港勤務は重い責任が伴う上にハードだから、職員の働きやすい環境づくりはいくらやってもやりすぎはないっていうのが、橘さんの方針……っと、ごめんなさい」
 歩美が少し慌てて言葉を切って、和葉に向かって謝った。
 橘さんというのが、遼一を指すからだろう。
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