裏切りパイロットは秘めた熱情愛をママと息子に解き放つ【極上の悪い男シリーズ】
 身体を大事にしてほしい。
 会う回数を重ねるにつれて、大きくなるその思いを、和葉は口にしなかった。自分はそれを言える立場にはないし、彼もそれを望んでいない。
 心の揺れはもうほとんど感じない。それは彼のことを考えなくなったからではなく、和葉が無駄な抵抗をやめてしまったからだ。
 どうしたって自分は彼のことを考えてしまう。同じ空間にいて、無関心でいられるわけがなかった。
 情けない、と心底思う。
 けれど無理もない話なのだ。
 歩美の話が出た時以来、遼一が冷酷な一面を見せることがなかったから。ここで過ごす時の彼は完全に優しい昔の顔で、和葉を気遣い樹を愛しむ。
 少し前はこんなふたりを見ていると違う世界線を覗いたような気分になったが、今はその逆で、あの婚約破棄の出来事が悪い夢だったのではないかと思うくらいだ。
 そして、そうだったらいいのにと、願っている自分がいる……。
 ため息をついて立ち上がり、リビングへ出て引き戸を閉めた。
 鞄からノートパソコンを取り出してダイニングテーブルで開いた。
 本当に、意思が弱くて嫌になる。
 このまま自分が行き着く先は、あの婚約破棄の際のように傷つく未来なのだろう。どうしたって彼には愛されないのだから。
 だとしても、前回と違うのは、前もってわかっていること。覚悟ができていることだ。
 ならばまったくあの時と同じにならないように、仕事はしっかりしていたい。愛する人は簡単に自分を裏切るが、今の仕事は裏切らない。
 和室から意識を逸らすように画面を立ち上げ、叔母から送られてきたメールを開くと、少し前から進めている新規出店の進捗状況の報告とともに福岡のショッピングモールの資料が添付されていた。
 一号店の成功を受けて、二号店の計画が進行中だ。候補に上がっているのが福岡だ。
 福岡は東南アジアからの観光客の玄関口でもある。日本人にも人気の観光地だけれどご当地メニューが豊富でたいていの人はそれを目当てにやってくる。そこでハワイ発のパンケーキが通用するのだろうか。
「仕事?」
 声をかけられてビクッとする。いつの間にか遼一が和室から出てきていた。
「びっくりした! 起きたんだ」
「ああ、いつの間にか寝てたみたいだ。ごめん。布団をかけてくれたんだな。ありがとう」
「それはべつに……疲れてるならもっと寝ててもいいよ」
「いや大丈夫、ちょっと寝たらスッキリしたよ」
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