裏切りパイロットは秘めた熱情愛をママと息子に解き放つ【極上の悪い男シリーズ】
 声をかけて方向転換、今度は和葉が先になって歩き出す。フードコートが何階のどこにあり、スーツケースを引いている状況ならどのルートが一番スムーズに行けるか、自然と頭に浮かぶ。ここで働いていたのは二年以上前なのに頭の中のマップは消えていないらしい。
「さすが。かずちゃんがNANAのグランドスタッフだったのって本当だったんだ」
「え? 今更?」
「知ってたけど、なんか実感なかったっていうか。ボクはHOPHOPでのかずちゃんしか知らないし」
「あーまぁ、そうか」
 和葉が子供の頃は、叔母と父が疎遠だったから、お互いに存在は知っていても会うのは冠婚葬祭くらいだった。親しく話をするようになったのは和葉がハワイへ渡ってからだ。
「グンランドスタッフって、アテンションプリーズってやるんでしょ?」
「まぁ、それもやるけど。メインはチェックインだったかな。あとは手助けが必要なお客さまを搭乗口まで案内したり」
 そんな話をしているうちに、エレベーターの前に着き足を止める。
「ねー、やっぱりさ、フードコートでなにか食べていかない? ボクお腹すいちゃった。樹もおやつ食べたいよな?」
「あーう」
「そう言われると私もちょっとお腹すいたかも」
 話題が変わったことに、少しホッとしながら和葉はエレベーターのボタンを押した。
 日本最大級の航空会社、株式会社NANAの地上スタッフとして働いていた頃のことを思い出すと、まだ少し複雑な気持ちになる。楽しかったし好きな仕事だったからこそ、辞めるきっかけとなった一連の出来事が引きずられるように頭に浮かぶからだ。
 しばらくすると、ポーンという音がしてエレベーターが到着する。静かにドアが開き、先に啓が乗り込んだ。
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