裏切りパイロットは秘めた熱情愛をママと息子に解き放つ【極上の悪い男シリーズ】
 後に続こうとエレベーター内を見た和葉は、先客に気がついて雷に打たれたような衝撃を受けた。行き交う人のざわめきが遠のいて鼓動が嫌な音で鳴りだした。
 ボタンを押しながら自分たちが乗り込むのを待っている背の高い男性が、和葉のよく知る人物だったからだ。
 胸元に金色のエンブレムが輝くアイロンの効いた白い半袖シャツに紺色のネクタイ、上品な光沢を放つ細身のパンツの組み合わせは、目にした人が思わず「お」と振り返る株式会社NANA所属のパイロットの制服だ。
 それをすらりと着こなした姿勢のいい男性が、こちらを見て大きな切れ長の目を見開いている。相手も和葉に気がついたようだ。
「かずちゃん? どうかした?」
 立ち止まったままいつまでも乗り込まない和葉に啓が不思議そうに首を傾げる。和葉は瞬きを二回してから、ぎくしゃくとした動きで乗り込んだ。
 なるべく男性から離れた場所に乗り込んで、目を伏せる。見間違いだと思いたかった。
 だってこんな偶然ひどすぎる。
 できれば会いたくないと願ったその人と、帰国してすぐ遭遇するなんて。
「何階ですか?」
 けれど、和葉と樹どちらともなくかけられたその声に、やはり彼だと確信する。よく通る低い声は、二年の時を経ても忘れることはできなかった、和葉が大好きだったその人のものだ。
「……三階でお願いします」
 答えると彼は頷きボタンを押す。そしてこちら側に背を向けた。さっき和葉に気がついて一瞬だけ驚いたように見えたのは気のせいだったのかもしれない。もはや彼はこの状況になんの興味もなさそうだ。
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