裏切りパイロットは秘めた熱情愛をママと息子に解き放つ【極上の悪い男シリーズ】
最後の夜
 秋晴れの日差しの下でターミナルにずらりと並ぶ航空機。全面ガラスばりの出発ロービーで手すりに齧り付いて樹は目を輝かせている。
「いこーき! いこーき!」
 小さな手で指さして大興奮である。
「飛行機」と言っているつもりなのだ、ということは和葉以外の人にもなんとなくわかるようで、若い女性のグループが「かわい〜! 飛行機好きなんだ」と言いながら通り過ぎた。
「いこーき」
「そうそう、これから乗るんだよ」
 和葉は彼の隣にしゃがみ同じ目線で外を見つめた。
 時刻は午前八時、定刻通りに出発するならば、そろそろ搭乗の時間だ。
 今日はこれから樹とふたり福岡に向かう予定になっている。向こうで一泊して明日東京に戻ってくる日程だ。
 とはいっても旅行ではなく仕事だ。
 HOPHOPの新規出店候補が、ほぼ一箇所に絞られたので、叔母の代わりに現地視察へいくのだ。
 当初は啓が行く予定だった。
 和葉は、樹を保育園へ預けたまま、日帰りだとしても遠方へ行くのは躊躇われる。かといって連れていくとなると、日帰りは厳しいからだ。
 それでも和葉が行くことになったのは、叔母の希望だ。
『啓でもいいんだけど、あの子すごく楽観的でしょ? マイナスポイントには目がいかないタイプだし。ここはしっかりしてるかずちゃんにお願いしたいのよ〜。視察っていっても一箇所だけだし、ちょっと見てきてくれたらあとは、観光してくれていいから。いっくん連れてちょっと息抜きしておいで。かずちゃん連休取れてないでしょ』
 そもそも子連れで出張なんて、和葉からしたら、そんなのあり⁉︎って感じだが、啓が小さい頃に起業した叔母からしたら普通らしい。
 和葉としても二号店も絶対に成功させたいと気合いが入っているので、引き受けた。
 樹を飛行機に乗せてあげられるのも嬉しかった。彼は遼一が来るたびに空港遊びをしてもらっていて、すっかり空港通だ。見たがる動画なども飛行機関係一色である。
 案の定、今日も、荷物検査を終えて搭乗ゲートに向かう際、航空機が目に入った途端、大興奮である。
「ナナ! ナナ!」
「そうそう、NANAの飛行機だよ」
 くすくす笑って、和葉は答えた。
 航空機の色と柄で、どこの航空会社のものかがわかるのは、遼一の英才教育の賜物だ。
 遼一は時々おもちゃを持ってくるが、飛行機のものに関してはNANAオンリーと決めているようだ。おかげで樹はすっかりNANA贔屓である。
「早く乗りたいね」
 声をかけながら、なんとなく和葉は周りを見まわした。その辺りに遼一がいるかもしれないと思ったからだ。
 実は今日、この後福岡で彼と合流する予定になっている。
 福岡出張の話をした際、ちょうど彼もその日福岡にいるから会おうと言われたのだ。相変わらず彼は日本各地の空港を回り、現場の職員の取りまとめに奔走しているようだ。
 ちょうどいいから彼も午後に休暇をとって三人で福岡観光をしようと言われている。
 現地集合、現地解散の予定だが、もしかしたら同じ便かもしれないと思ったのである。
 東京から福岡へ向かう便はたくさんあるけれど、NANAの便となると本数は限られる。通常なら彼はNANAを利用するはずだ。
 もちろんいたら声をかけようと思っているわけではない。その逆で、見つからないようにしなくてはと思ったのだ。
 とくに樹が心配だった。
 彼はもうすっかり遼一を"大好きな人"と認識している。出張なら遼一は秘書すなわち歩美を同行させているだろうから、その状況で樹が彼に反応したら自分たちが会っていることを勘づかれてしまうかもしれない。
 だが彼は姿を見せないうちに、優先搭乗の時間になる。今日の優先搭乗は和葉と樹だけだった。
「いこーき! いこーき!」
 腕の中でぴょんぴょんと跳ねるように身体を揺らす樹を連れてチケットを通し、ボーイングブリッジを渡る。
 窓から見える青い機体に大興奮で、喜んでくれるのは嬉しいけれど、席についてもこのままだったらどうしようと思うくらいだった。
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